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誰そ彼の森(セフィエア)





















誰そ彼の森(たそがれのもり)






                








章前






セフィロスはエアリスの手を引いて走っていた。
暗い森を抜けて、もう少しで国境も近い。
何としても連合国側のどこかへ抜けて、彼女の身を守らなくてはならないと思っていた。
同盟国から来たホウジョウという名のマッドサイエンティストは、クローニング実験を繰り返していた。その惨憺たる実験の結果を自慢気に見せ付けられたのはほんの十数時間前だ。
クローニングで生まれた化け物と、その母体になった女性の末路。
それが成功への、栄光へのステップだと信じて疑わない東洋の男と。
この国を間違った方向へと導き続ける小男のクローンがこの世にいくら生まれてもセフィロスは構わなかった。失敗も成功も関係ない。

・・・・・・・それがエアリスを巻き込まない限りは。

「総統と全く同じ人間が生まれるのだ。素晴らしいと思わないか?その誕生に母体の一人として選ばれる。こんな名誉な事はない。」

目の前の男は気が狂っていると思った。
何百万、何千万人といる若い女性の中で、何故エアリスが選ばれなければいけない。

「君達兄妹は全くこの国が生んだ奇跡だ。兄は空軍の英雄、妹は神の母となる。亡き御両親が聞いたら感涙に咽ぶ事だろう。」




感涙どころか納屋で首を吊る。
その時セフィロスは唇を歪めて笑った。
自分が軍人になる事にすら反対していた両親だ。
それでも軍に所属さえしていれば、二親が相次いで亡くなった後もエアリスに不自由をかける事はないと思った。
軍隊にも、輝かしいと評される戦歴を重ねる事にも興味はなかった。
エアリスが今まで通りに暮らして笑っていられる事、こんな国で空を飛んでいたのは、ただそれだけのためだった。





「待って・・・・・!そんなに早く走れない!」

エアリスが木の根につまづいて転びそうになる。
セフィロスは体を返して下から抱きかかえるようにその体を支えた。

「一体何があったの?どうして私達、逃げなくちゃいけないの?」

詳しく説明する暇もなかったし、例えその時間があったとしてもあのおぞましい研究と実験をエアリスの耳に入れる事など言語道断だった。

「今はとにかく国境まで走れ。オレが何とかする。」

考えられる全ての手段を使って何とかここまで来た。
あとほんの少し。
あと僅か数キロ。

その時、人の気配がした。
エアリスの悲鳴を無視してその腕を更に強く引くと、木立の影に隠れる。




あれはフランス語だ、とセフィロスは思った。
のんびりした口調の持ち主が立てる笑い声が近かった。
セフィロスは持っていた小銃を構えていきなり狙いをつけた。

「・・・・・・・・やめて・・・!」

セフィロスが何をしようとしているのかを悟ったエアリスが声を上げた。

動物的なカンでその黒髪の男が顔を上げ飛び退るのと、セフィロスの銃口が火を噴くのは同時だった。

「・・・・・・外したか・・・・・」

セフィロスの苦い声にエアリスの目に怯えが走った。
何の躊躇いもなく、兄が人を傷付けている。
戦争をしているのだから当然なのだと、兄が讃えられているのは敵を数多く討ち取っているからなのだと頭では理解していても、実際に現場を見るとその衝撃は大きかった。
打たれた黒髪の兵士が腹を押さえている。

「セフィロス・・・・・!何て事を!」

自分の手首を硬く掴んで走り続けるセフィロスに抗議の声を上げるのが精一杯だった。
何とか傷ついた兵士に駆け寄りたいと思うが、セフィロスはそれを許さない。
二人が傷ついた兵士の直ぐ間近を通る時に、男が何かをうめいた。

「・・・・・・・・クロード・・・・・・・・」


そうだ。こいつらは話をしていたのだから、その相手がどこかにまだいる筈だ、と思った時にセフィロスの心臓を一発の銃弾が射抜いた。

「・・・・・・クソ・・・・!」

必死の思いで顔を上げようとする。
遠くにぼんやり、一平卒のフランス軍服を着た男が見えた。
まるで初めて人を撃ったかのように、まだ煙を上げている銃の切っ先が震えていた。目深に被った鉄兜の下から、そこだけがまるで澄んだ湖の色のように綺麗な青い瞳が覗いていた。




・・・・・・・・・顔も真っ青じゃないか。何だってオレが、あんなヤツに・・・・・・


セフィロスはその場にがっくりと膝を突いた。
エアリスが自分の肩を抱き締めながら泣いているのが判った。
何とか無事にこの国から脱出させたかった。
あんな恐ろしい実験にエアリスが巻き込まれるのは我慢出来なかった。


自分がここで死んだらエアリスはどうなってしまうのだろうか。


「・・・・・・エアリス・・・・・・・・・・・」


何かを言おうとしてももう何も口に出来なかった。
エアリスの涙がぽたぽたと自分の頬に落ちるので、泣くなと言いたかったけれど、もう片手を上げてその頬に触れる事も出来なかった。


今度生まれ変わったら、絶対こんなふうにエアリスを残して死んだりしない。
同じ人間同士が争い、戦い合うような場所には生まれたくない。
ホウジョウが得意げに披露した研究所で行われたあのおぞましい実験の数々と、被害者達の姿が目に浮かんだ。

・・・・・・被験者だった彼らが・・・・・オレをどこか昏い場所へ連れて行くようだ・・・・・・・

あんな事をするくらいだったら、自分が実験材料になる方がマシだとも思った。


神様どうか。こんな場所には生まれ変わらせないで下さい。そして・・・・・・・・・・・


目を閉じる前に見たものは、エアリスの側へ近寄るクロードという名の男の青い瞳だった。











「・・・・・・・・前世の記憶がある?」

何をバカな、とでも言うように宝条がツォンを見て笑った。


「バカバカしい。あいつに前世があるわけがないだろう。あ?」

あ?と聞かれても簡単に返事は出来ない、とツォンは思った。
あまり核心に触れた答えを返してもこの博士は機嫌を損ねるだろう。かと言ってあまりにも現実にそぐわない返答では、鼻で笑われてあしらわれるのが関の山だ。

「前世があるかどうかは判りませんが。例えば彼が人並み外れた能力の持ち主であれば、あるいはそんな記憶が残っていても・・・・・・」

・・・・・・やはり鼻で笑われたか。

ツォンは宝条の冷笑を見て内心ため息をついた。

「・・・・・私は事務屋ですから。難しい事は判りません。」

最初からそう言っていれば良いのだ、とでも言うように宝条が顔を上げた。

「あいつは単体だ。判るかね?前世も来世もない。突然生まれて突然消滅する運命の生き物だ。これから先・・・・彼と似たような物がこの研究室から生まれ続けるかもしれないが、どれも優しい祖父母、父親母親とは無縁の生き物だ。・・・・・・・前世?はっ!そんな物があいつにあったら私の研究が全て無意味だという話にもなりかねん。」

話しながら段々と不機嫌になる宝条に気の利いた返事も出来ず、ツォンは報告義務を終えたとばかりに研究室を辞去しようとした。
そうは言っても、さすがにセフィロスも木のマタから生まれた訳でもないだろう・・・・そんなふうに思いながら歩き出すと「まあそんな物だ。」といきなり後ろから宝条声をかけられた。

「・・・・・・・そんな物とは?」

だから、と宝条は嫌な笑い方をした。

「木のマタから生まれたような物だな、あれは。」





セフィロスは、ツォンに前世の話を一度しかしなかった。
ただ「マッド・サイエンティストというのは、どんな世界のどんな場所に居ても同じような事を考えるんだな。」と言っていた。
彼の言う「マッド・サイエンティスト」というのは恐らく宝条の事だろう、とツォンは思う。

セフィロスは、前世で彼に一体何をされたのだろうか。そして、今は何をされて生み出され、今なお拘束され続けているのだろうか、とツォンは訝った。

後は・・・・・・・・・そう。



前世で願った事は殆ど叶っている、と。



「それにしちゃ随分不幸そうだな。」
と訊いた覚えがある。


セフィロスは唇の端を歪めるような笑い方をして「神様っていうのは悪趣味らしい。」と言っていた。








「何だ。いたのか。」

「いて悪かったな。」

ツォンが部屋に戻ると、ロックしていた筈の自室にセフィロスの姿があった。

こいつがここに来るという事は・・・・・とセフィロスの考えを読んでツォンは苦笑を禁じ得なかった。
敵を前にした時の恐ろしい程の細心さと大胆さとは無縁に、ほんの一握りの心を許した・・・・・・・尤もセフィロス自身はそうとは認めてはいなかっただろうが・・・・・数人の人間の前でのセフィロスの行動は、稚戯にも等しい無防備さと単純さを露呈させる事があった。
セフィロスがツォンの自室にまで来たという事は、これからのツォンの予定を逐一知りたいと、そう言っているに他ならなかった。

「何か用か。」

「いや・・・・・・・。アンタは?」

そっぽを向いたままセフィロスが尋ねた。

「用がないのなら来るな。俺は・・・・・・・今日は、釣りだ。」

「釣り?」

セフィロスが眉を上げた。
それは二人だけに通じる暗黙の符丁だった。
これから自分は神羅を出てどこかへ行く、そしてそのまま長い時間をそこで過ごすのだと、ツォンは暗に伝えていた。

「またか。暇だな。」

・・・・・・・この野郎。

お前がスラムに行きたがっているのは判っているんだぞこのクソガキが。

・・・・・・・といつか言ってやりたいとツォンは思った。




「中々悪くないぞ。ドアに『魚つり中』って札をかけてだな、出かけるんだ。釣り糸を垂らしたらリラックスして世の中が自分の横を通り過ぎて行くのを感じる。」

「爺臭い。何だそれは。お前の哲学か。」

「・・・・・・そういう歌があるんだ。」

「歌?フン。」

思い切りバカにしたように笑われて、ツォンは、こいつの首を絞めてやろうかと思ったが、返り討ちに会うのは必定だと思い直して挙げた手を下ろした。

「歌で悪かったな。」

「いや、悪くない。」

ふいに真顔になったセフィロスが言った。

「悪くないんだろうな。オレは歌なんて知らないけれど、よくエ・・・・・・・」

ふいに機嫌を損ねたように横を向いたセフィロスにツォンが最後のきっかけを投げてやった。

「悪いが俺は付き合えない。付き合えないと言えば・・・・・・・エアリスに頼まれていた本が手に入ったんだ。中々届ける機会がなくて伸び伸びになっちまってるんだが・・・・・・・お前、今日届けておいてくれないか。」

どうしてオレが・・・・・・と不貞腐れた言葉とは裏腹な胸の内を、俺は知らなかった事にしておいてやる、とツォンは思った。全く手がかかるお子様だ。

「ほら!」

クローゼットに身を屈めて、いきなり直球で放り投げたハードカバーの弾丸を、セフィロスは振り返りもせずに片手で受け止めた。








どうしてエアリスはこんな場所で花を売り続けるのだろう、とセフィロスは何回も繰り返した問いを再び思いに乗せた。
エアリスが幸せならそれでいいと、彼女が笑っている所を見ていられるのなら神羅に居続けるのも悪くはないと思っている。
時々胸を掠める宝条の思わせぶりなエアリスに対する態度は、その都度セフィロスの記憶を揺さ振りはしたけれど、それでもあの時の自分よりは今の自分の方が彼女を守れると自負している。

まだ動く時ではない。まだオレはあのブルーオパールの瞳に出会っていない。

セフィロスは、エアリスが花を売る路地を見下ろす鉄塔に腰掛け、頬杖を突いてその成り行きを見守っていた。


・・・・・・・君が望むことがあるのなら、オレが何でも叶えてやるのに。


眼下のミニチュアのようなエアリスの姿を、セフィロスはいつまでも見詰めていた。

今はもう妹ではないその姿を。



























その豆粒ほどの人影が動いて顔をこちらに向けると、セフィロスは鉄塔の上から飛び降りた。
「よく判ったな。」

「うん。雪が降って来たからね。あなたこそ。」

外でのセフィロスとエアリスの会話はいつも言葉が少ない。
自分が上に居たことがよく判った、というセフィロスの問い掛けに、雪が降って来たから上を向いた・・・のではなく、セフィロスが来たから雪が降って来たのだろうと思って顔を上げたのだとエアリスが答える。
そして、自分が顔を上げた事にセフィロスこそよく気がついたものだと問い掛ける。

「視力はいいんだ。」

そうだったね、とエアリスは言って荷物を纏め始めた。

「珍しいね。」

「今日は釣りだ。」

他人が聞いていたら何の話なのか判らないくらい主語が省略されている。

「それ・・・・何?」

セフィロスはツォンから預かっていたハードカバーに視線を投げた。

「重いから。・・・・・・・・本だ。後で渡す。」

そう、それじゃ、と歩き出した二人は暫くの間無言だった。

「お誕生日プレゼントかな。」

「何が?」

「・・・・・・・本。」

自分がエアリスの誕生日が近い事を失念していた事を棚に上げて、セフィロスは心中でツォンを呪った。

「・・・・・忘れてたな。」

悪戯っぽく言い当てられて、セフィロスの眉の辺りがうっすらと染まった。

「忘れてない。」


忘れたかったのかもしれないけれど。


そう?と肩を竦めたエアリスにセフィロスが言った。

「今度16歳になるだろう。」

「へえ・・・。覚えていてくれたんだ。」

案外嬉しそうにエアリスが言ったのでセフィロスがつと横を向く。


オレが死んだ時君は17歳だった、とセフィロスは思った。


「時間が足りない。」

え?と言うようにエアリスがセフィロスの顔を見上げた。

「何?今日は家に帰れるんじゃないの?何か用?」

いや、とセフィロスは微笑んだ。

「見つからないんだ。」

やっぱり忘れてたんだね、とエアリスが笑った。
自分への誕生日プレゼントがまだ見つからないのだと思ったから。



「ありがと。あのね。」

エアリスの家の前まで送り届け、本を渡して立ち去ろうとしたセフィロスにエアリスが言った。

「ツォンに、お礼言っておいて。それから・・・・もし良かったら、私のお誕生日にあなたとツォンと・・・・・来てくれないかな、って。」

昔は簡単に口に出来た言葉が、最近では難しくなって来ている。
セフィロスにもツォンにも、心の中ではいつも感謝していると言えたらいいのに、とエアリスは思った。

「だってほら、私達三人とも親がいないし・・・・・・・今は私はここに住んでるけど・・・・・・ちょっと前までは三人まるで兄妹みたいだったじゃない?だからたまには・・・・・・また一緒に食事したり・・・・とか。昔みたいに・・・・・・」

昔、まだ子供だった自分に花冠を作ってくれたセフィロスをエアリスは思い出したが、元々表情の薄いセフィロスからは、何の感情も読み取れなかった。
エアリスは自分達の会話らしくなく饒舌になってしまった自分を恥じるかのように、わざと軽口めいた言葉を加えた。
これも最近、スラムで花を売り始めてから身に付けたテクニックの一つ。

「こんな可愛い子が妹だったら嬉しいでしょ?もっとありがたがって大事にしてよ!」

「全然ありがたくない。」

あっさりと言われてエアリスはセフィロスの足を蹴った。

「もういい。帰れば。」

膨れたエアリスを残してセフィロスは歩き出した。
自分の後ろに立つ少女からは、かつて兄妹であった時と全く同じ種類の思いしか伝わっては来なかった。

例えば感謝とか、友情、敬愛。
そんな物。
エアリスが自分に向ける感情は兄妹だったあの頃と変わらなかった。

自分がツォンだったら、こういう時は「クソ」と言うのだろうか、とセフィロスは思った。







結局ツォンはエアリスの誕生会には参加出来なかった。

「ウータイへ行っている。」

「一人で?」

「何とかと一緒に。」

「何とか?誰?」

エアリスが食事の準備をしている間、セフィロスは指示されるままにあれこれと働かされ、その間にツォンが来られなかった理由を説明する、という彼にとっては大変な難題に挑んでいた。

「忘れた。」

エアリスが眉を上げた。

「クロスが裏表逆になってる。だってウータイって今危険なんじゃないの?」

「大丈夫だろう。1stクラスのソルジャーと一緒だと言っていたから。」

「あなたの知ってる人?カトラリーの並べ方が違うってば。」

「会った事は・・・・・さあ・・・・・あるかもしれない。名前には聞き覚えはなかった。」

「・・・・・階級だけ覚えてるわけね。それってすっごく失礼。」

ついにエアリスが調理台の上にサラダボウルを置いた。




「セフィロス、あなたは他人の人生に対して尊敬が足りないんじゃないかって、私時々思う。」

「他人?・・・・・例えばツォンとか・・・・・?」

他の人間の名も挙げようとして思い当たらず、当惑したようにセフィロスが言葉を失った。

二人だけでいる時、周囲に誰もいない時、セフィロスは自分が思っている以上に様々な感情をエアリスの前でこぼす。

困ってる・・・・そう思ってエアリスは表情を緩めた。

「そうじゃなくって・・・・・・あなたが知らないたくさんの人たち。あなたにとっては取るに足らないように見える存在かもしれない人たち。どんな人だって、みんな自分の人生を一生懸命生きているんだよ?全てを知らないで他人の人生をバカにしちゃけいない。」

「バカになどしていない。」

「でも何の興味も持ってないでしょ?」

それが悪いことだとセフィロスには思えない。

「興味がない。相手にしていない。そんなんじゃ、いつか誰かに足元すくわれるからね。」

びしっと指を突きつけるようにしてエアリスがサラダを混ぜていたトングをセフィロスに向けた。

「すべての人間に興味など持っていたら君を守り切れない。」

「だから何で!」

エアリスが大笑いした。

「ねえ!セフィロスって、その辺の奴はどうでもいい、って顔いつもしてるくせに、どうして私の事になるとそんなに心配性になるかなあ。だって・・・・・・考えても見てよ。私こそ、取るに足らないどこにでもいるようなただの花売り娘じゃない。毎日お花にお水をあげて、綺麗な花が咲いたらスラムの人たちに買って貰って・・・・・・・」

「・・・・・・・そう思いたいのなら思っていればいい。」

ただの花売り娘でいたいというエアリスの願いは、誰よりもセフィロスが知っていた。
そしてその願いが報われないであろう事も知っていた。
何よりも、エアリス自身が自分がただの娘ではない事を自覚していた。

「願いは・・・・・・・いつも残酷な形で叶うんだ。」

「私の願いは・・・・・・・簡単な事だよ?住みにくい場所でも花が咲いて、それを見て誰かが幸せになってくれればいい。それを手伝えればいい。」

「・・・・・・・・・・青い目の誰かと?」




怪訝そうな表情を浮かべたエアリスから顔を背け、セフィロスはエアリスが置いたサラダボウルを取り上げた。




























「それでさ、セフィロスってアレ?誰か探してんの?」
同じ頃、ウータイの床に直接マットを延べるという変わった寝具の上で寝転んだザックスは、肘を突いて頭を支え、まだ書類に見入っているツォンに尋ねた。

「・・・・・・またセフィロスか。まるで恋する乙女だな、お前は。」

もっと出世してシングルの部屋に泊まれるようになりたい、とツォンは内心ため息をついた。
まだ若い、ソルジャー1stになり立ての男は、目の前に立ちはだかる英雄が気になって仕方がないのだろう。
自分がセフィロスと近い立場にあると知った途端にあれこれと聞いてくる。

「だあってさあ、何か腹立つんだよね、あいつ。」

何が、とさして興味も持たずにツォンはザックスを促した。

「何でかな、大した腕でもない奴を見つけるとそいつのの顔をじっと見てさ。それで名前を聞くんだ・・・・・・・だけど直ぐにふんって感じでもう後は興味ありません、みたいな?名前聞いたってどうせ覚えちゃいないと思うんだけどね。」

その不貞腐れた物言いについツォンが声を出して笑ってしまった。

「お前にはまだお呼びがかからない。そういう訳か。よかったじゃないか、腕がいいと思われて。」

別にい、俺だって興味ないし。そう言いながらもザックスは、ごろんとツォンとは反対側の壁を向いてしまった。

「ただ・・・・・・俺もそうそうセフィロスが誰かに名前を聞く所に居合わせたわけじゃないからよく判んないんだけどさ、いっつもブルー・アイの奴なんだよね。だから、誰か探してんのかな、って。」

「ブルー・アイ?」

「うん、そう。きれーな青いオメメの奴らばっか。だからきっと、腕だけじゃないんだな。うん、そう。ねえ、アンタ何か知ってる?」

「お前の目も青かったんじゃなかったか?」

そこで初めてツォンはザックスの目の色を覗き込んだ。

「うーん。それがさあ・・・・・何つうの?俺は手筋見ただけでスルーされちゃってさ。」

言外に自分の腕を自慢しているような気がして、ザックスはほんの少し頬を染めてぷいと横を向いた。 さあ・・・・・、とツォンは暫く考え込んだ。
セフィロスが誰かを探しているという話は聞いた事がない。自分の後継者でも育てようとしているのか、いや、それも全く考えられない。

「知らないな。」

素っ気無く答えると、相手はまだ食い下がって来た。

「もし探してんだったらさ、あんなんじゃダメだよ。何でもっとこうソフトにさ、『ソルジャーになれるかなれないか程度の青い目の男を探している』とか言ってにっこり笑ったりしたりしないんだろ。」

二人は同時に、にっこりと笑ったセフィロスを想像して黙り込んだ。

「まあ、多少口下手だが・・・・・・・根は悪い奴じゃないんだ。」

苦しそうにツォンが呟く。

「アンタ、ちょっとあいつを甘やかし過ぎなんじゃないの?だからあんなふうに満足に人付き合いも出来ないような愛想のない奴になっちゃってさ。」

自分がセフィロスを甘やかしている・・・・という場面を想像してツォンは寒々しい思いに囚われたが、それにしても1st成り立ての男からですらそんなふうに思われているのかと考えると、つい弁解がましくなってしまう。

「そうか。まあ・・・・・何となくな。お前も付き合ってみれば判る。何となく余りにも色々な事に不器用だから、つい手を出しをしてしまうんだ。」

「何か・・・・・全然イメージ湧かねえんだけど・・・・・」

ザックスが眉を寄せて呟いた。

「今度、セフィロスと一緒のミッションに組み込んでやろうか。そうすれば話を聞く機会もあるかもしれない。知りたい事があったらお前が直接尋ねればいい。それから・・・・・・・」

セフィロスと一緒のミッションという言葉に顔を輝かせたザックスに、ツォンは内心で考えていたもう一つの仕事も与えてみる事にした。

「もう一つ、お前に頼みたい事がある。暇な時間があったら・・・・・・ある子供の様子を見に行って欲しいんだ。」

「子供?」

「ああ、15・・・・・いや、そう言えば今日で16だったか。」

何やら感慨深げなツォンを見てザックスが爆笑した。

「16だったら大人っしょ!俺だってもうケチなソルジャーくらいにはなってたって。それで、何なのその子。ソルジャーになりたいとか?」

ザックスを見てツォンがおかしな顔をした。

「・・・・・説明不足だったな。ちょっとワケありで今はスラムで花を売っている。女だ。俺やセフィロスも昔と違ってあまり時間が取れなくなって来ているし、少し手を増やすつもりだった。」

「女!?アンタやセフィロスがスラムに女の様子を見に行ってたって?」

「まあ・・・・・・いい。話すと長いし、それに彼女は神羅をそんなに良くは思っていない。これ以上神羅の保護者が増えても嬉しくないだろう。お前は・・・・・・・色々考えずにさり気なく様子を見てくれれば。」

実際、頻繁にスラムまで出かけるにはツォンは忙しい身になり過ぎていた。
それにひょっとすると、このざっくばらんで案外気は優しい男は、不器用なセフィロスにいい影響を与えてくれるかもしれない、とツォンは思った。


セフィロスがエアリスに好意を抱いている事をツォンは知っていた。
そしてエアリスが、それとは全く違う種類の親愛の情のみをセフィロスに感じている事にも気付いていた。

けれど、お前が思うようにはエアリスはお前の事を思ってはいないのだと、それを告げてしまう事には躊躇いがあった。
それにセフィロスは疾うにその事に気付いているのかもしれない。
だとしたら余計なお世話というものだろう。
ザックスの天真爛漫さが、セフィロスの頑なな心を少しでも解してくれはしまいかと、そうすればセフィロスとエアリスの関係も今とは少しは違うものになるかもしれないとツォンは祈るように思った。

・・・・・・これだから甘やかし過ぎだと言われるんだ。

ツォンは苦々しく笑った。

結果的にそれは、結局三人を三人とも不幸にしてしまういびつな歯車が回り始めるきっかけとなった。
そしてその歯車を自分が回し始めてしまった事を、ツォンは後々何回も悔やむ事になる。


























セフィロスがエアリスから、ツォンがザックスからそれぞれお互いが出合った事を聞かされたのは、殆ど同じ頃だった。

「それでさ!オレ、最初その子の事見た時、天使かと思っちゃって!」

顔を紅潮させて、頭を掻きながら嬉しそうに話すザックスを見て、ツォンは複雑な思いに囚われた。
ザックスの心情を思えば、良かったな、上手いことやれよ、このイナカモノが!頑張れよ!くらいの軽口を叩いて焚きつけてやってもよさそうな物なのに、何故かツォンにはそれが出来なかった。

「天使・・・・・・か。」

その天使を、何故神羅が監視しているのか、この青年は何も考えないのだろうかとツォンは訝った。

「だってさあ!このオレとした事が屋根から落ちて、しかも落ちたら中が教会で、それであんな綺麗な子だろ!?なあ!最初アンタ『子供を見て欲しい』って言ったじゃないか!だからまさかあの子がそうだとは思わなかったんだってば。」

「・・・・・・屋根から落ちたのか・・・・・・」

昔のマンガかお前は、と突っ込みたくなりながらも、確かにこの男が屋根から落ちるような、普段からは考えられないようなヘマをしたのであれば、多分二人は出会うべくして出会ったのだろう、とツォンは無理やり自分を宥めた。
そして、エアリスに向かって素で「天使」などという男を、セフィロスはどう思うのだろうか、と考えた。

エアリスは、セフィロスにとって天使・・・・・・だろうか、とツォンは思う。
天へと誘う使いだと言うよりも、むしろ彼にとってエアリスそのものがエデンなのではないか、という思いは何故かツォンの気持ちを更に暗くするばかりだった。


同じ頃、頬を心持ち上気させて、ソルジャーについて熱心に聞きたがるエアリスにセフィロスは閉口していた。

「屋根から落ちて来たって?それでソルジャー?1st?・・・・・・・信じられないな。」

無愛想に返事をして、もうその話は止めてくれと言外に告げても、エアリスの口は閉じなかった。

「うん!それがね、全然ソルジャーっぽくないの。神羅の人だなんて考えられない。何かね・・・・・・・一緒にいると物凄く普通で楽しいの。」

「・・・・・・神羅の人間はそんなに嫌いか?」

だってそれは・・・・・・とエアリスは口篭る。

「あなたやツォンは好きだけど・・・・・・・だけど、あなたもツォンも神羅の中でも特別な人達。全然・・・・・・普通じゃないんだもの。ザックス・・・・・・あ、ザックスって言う名前なんだけどね。」

ふん、とセフィロスが鼻で返事をした。

「ザックスは、普通なの。私の前で普通に笑って。神羅にあんな人がいるなんて思わなかった。」

自分達とは世界が違う人間がエアリスの前に現れた、とも取れる発言にセフィロスの目が細くなった。

「そいつの目は・・・・・・青いのか?」

一瞬何を聞かれたか判らずにエアリスが戸惑った。

「・・・・・目?何で青いなんて思ったの?青かったら何なの?」

エアリスの無邪気な問い掛けにセフィロスは小さく頭を振った。

「・・・・・・・青くないのならいい。」

「・・・・・・・青い・・・けど・・・・」

急に険しくなったセフィロスの表情にエアリスが落ち着きなく立ち上がった。それから、急に思い立って紙やペンを揃え、セフィロスの前に広げる。

「こんな顔の人だよ?」

エアリスがさらさらとペンを走らせた。
エアリスの描く絵は相手の特徴を的確に捉え、その生き生きした表情を克明に伝えていた。
完成させるまでもなく、セフィロスはエアリスが誰の話をしているのかがすぐに判った。ソルジャー1st、腕の立つ男で見覚えがある、とセフィロスは思う。こいつは違う、とセフィロスは思った。

「・・・・・・・・絵が下手だな。」

精一杯の嫌味のつもりだったのに、エアリスは単純に自分の絵をけなされたと思ってぷうっと頬を膨らませた。

「・・・・・・・・仕方ないでしょ。そんなに何度も会ったわけじゃないんだし。話だって・・・・・・・殆どした事ないし。」

それなのにこんなに気になるのだ、と告白しているのも同然だという事にエアリスは気付かない様子だった。

「こいつなら・・・・・・知っている。こいつじゃない。」

何が?というエアリスの問い掛けに、セフィロスはもう答えなかった。







自分が死んだあの時までに、もう後一年もない、という焦りの中でセフィロスの時間は時に早く、時にゆっくりと過ぎていった。
相変わらず青い目の男は見つからず、そしてザックスと共に行うミッションは増え、そして・・・・・・セフィロスがエアリスに会う事は滅多になくなっていた。

エアリスはザックスと同じ時を過ごしていた。
エアリスがザックスに会っている事をセフィロスは知っていた。
だから、ミッドガルへの任務の前に彼に聞いたのだ。


「スラムに行かなくていいのか?」と。


嬉しそうな表情を浮かべて走り去る姿に、セフィロスは不思議な感慨を覚えた。
お前が行くのならオレは行く必要がない、と思う諦観と、ザックスに対して湧き上がる敵意をこれでもう抑えなくともよいのだという複雑な安堵があった。

自分が死んでしまったあの日まで、既にもう日がない事をセフィロスは予感していた。


ニブルヘイムに到着して、神羅屋敷の文書を見つけた時も、同じ安堵が彼を襲った。
なる程、と思う。
筋書きはもう出来上がっていたのだ。今度の世界では、オレが実験材料だったから宝条はエアリスに手を出さなかったというわけか。
そして、同じ人間同士が戦わないこの世界に必要な悪に、今度はオレがなればいいのだろう。
それなら、筋書き通りに行動するしかない。
神がどこまでオレの願いを最悪な形で叶えてくれるのか、この目で見てやろうとセフィロスは思った。

そして、剣を持って自分に向かって来るザックスを見た時に、彼が誰であるのかをもう見間違える事はなかった。国境で逃げようとしていた自分たちを見つけたあの黒髪の男、あれがザックスだったのだ。

ザックスに向かって、剣を振り下ろした時そこに最早躊躇はなかった。
けれど、あのブルーアイは、一体どこにいて、今度はどう登場するのだろうか、そんな思いが時々頭をかすめた。

そして、自分が突然の致命傷を負わされた時、セフィロスは初めてクラウドを正面から見た。




ただの雑兵・・・・・・・




体から力が抜ける思いだった。

    そうだ。
    あの森でオレを撃った男の銃口も震えていた。
    自分が人を撃った事に自分自身が驚いているくらいだった。
    だから・・・・・・ソルジャーの中で探していても見つからなかったんだ。



「お前が・・・・・・・」

一兵卒の防具の隙間から青い目がオレを睨んでいた。
その目の色にセフィロスは確かに見覚えがあった。

  ああエアリス。
  君は本当に正しかった。
  オレが相手にしないような相手にも人生があって、それを必死に生きているのだと・・・・・・
  オレの敵はその中にいたのに。

「・・・・・・・アンタに憧れてたのに・・・・・・・・・・!」

ザックスはこいつの名を呼んでいた、とセフィロスは思った。確かに、クラウドと。

セフィロスの頭の中で、夢の中に何度も出て来る男の名と、クラウドの名を綴る同じCの音が反響した。

「オレに?・・・・・・・バカな奴だ。」

自分は再びここでこの男にとどめを刺されるのだろうか、そう思うと我知らず自嘲の微笑が浮かんだが、クラウドはそれを勘違いしたようだった。

「アンタになんか・・・・・・オレの・・・・・・オレ達の気持ちなんか判らない。アンタは何も判っちゃいないんだ。オレ達がどんなにアンタを誇りに思って・・・・・・・目指して・・・・・・いつかは・・・・・・って。・・・・・・・・それなのに!」

この男は、エアリスと同じような事を言う、とセフィロスは思った。
名もないような一人の男に注意を払わなかった代償がこれか。



    ・・・・・・あなたが知らないたくさんの人たち。
    あなたにとっては取るに足らないように見える存在かもしれない人たち。
    どんな人だって、みんな自分の人生を一生懸命生きているんだよ?
    全てを知らないで他人の人生をバカにしちゃけいない。



エアリスの言葉が克明に蘇った。
全てを捨ててもただ一人を守りたいと思った事がそんなに悪い事だったのだろうか。

不思議な事に刺された場所からは何の痛みもなかった。
そしてクラウドが体当たりをするかのようにセフィロスにぶつかった。

「判っていないのはお前だ、クラウド。不幸自慢がしたいのなら悲劇役者にでもなればいい。構って貰えないと舞台の上で泣けば大勢の人間が涙をこぼしてくれる。」




だったらオレは・・・・・・

とセフィロスは思った。
オレの不幸には誰が泣いてくれるのだろうか。

初めてセフィロスから自分の名を呼ばれたクラウドが、一瞬呆然としたように動きを止めた。

クラウドの大きく見開いた瞳の中で、薄っすらと笑ったセフィロスがふいにバランスを崩したように後ろ向きのままゆっくりと魔晄炉の中へと落ちて行った。







今度生まれ変わったら、絶対こんなふうにエアリスを残して死んだりしない。
同じ人間同士が争い、戦い合うような場所には生まれたくない。








前に死んだ時、最後に脳裏をよぎった言葉が、もう一度蘇る。
自分はまた同じ男に殺された筈なのに、どうしてまだ意識が残っているのだろうか、とセフィロスは不思議に思った。
それから、それが前世での自分の最後の願いを叶えるための神の残酷な慈悲なのだと思い至ると、後はもう笑うしかなかった。

今度は、エアリスを残しては死なないようだ、とセフィロスは思った。
けれど、もう自分の体すら自分で動かせない。
意識が体を抜け出して拡散して行く様を留める事も出来ず、ただ眺めている事しかできない。

・・・・・・・それでも神は自分に感謝しろと、オレに感謝しろと言うのだろうか。

声に出して笑いたくてももう声も出なかった。
冷たい氷の中に閉ざされながら、セフィロスは自分の意識が切れ切れになって体を離れ、ふわふわと漂っていく景色を無表情に眺めていた。
もうどこにも力が入らない。
物理的な行動が取れないというだけではなく、自分が胸の奥に閉じ込めていた意識の一つ一つが堰を切ったようにこぼれ出て行くようだった。
ふわりと浮かんだ一つは、この世の全てを壊したいと思う原始的な欲求だった。
それから、見詰めると胸が痛くなるようなセフィロス自身が目を背けたいと思う程の汚い気持ちもある。
蓋をして隠していた物が飛び出して行く。
そしてセフィロスはそれを止められなかった。

思いが一つずつ自由になって空を飛んで行くのは気持ちが良かった。
あの一つ一つがそれぞれ自分の姿を騙って、何の制御も受けないままに心の赴くままの行動を取るのだろう。

あれは、エアリスを愛おしいと思う気持ちだ、とセフィロスは一つの小さな緑色の輪郭を見て思った。
あの意志を受け継ぐ者は誰なのだろうか。



もう一つ、小さく、そしてどの意識よりも強い輝きを放っているあの気持ちは・・・・・・・


セフィロスはぼんやりとその光跡を追った。

「エアリス、もう君を誰にも渡さない・・・・・・・」

あの意志が宿った者は、きっとエアリスを手にかけるだろうとセフィロスは思った。


それからは全てが長い長い夢だった。
拡散していった意識が行う一つ一つを、セフィロスはただ氷の中から見詰め続けた。
最後には、敵対していた人間達が一つに纏まり、共通の敵である自分を倒すまでを、ずっとそこで見ていた。







章前





「・・・・ロス・・・・・・セフィロスってば!ちょっと!」

不意に呼ばれたような気がして驚いて目を開けると、そこにはエアリスがいて、いつものように笑っていた。

「信じられない。何でそんな格好のまま居眠り出来るかな。」

セフィロスはは両手を持ち上げて、その腕に毛糸を巻き付けたまま硬直していた。
そうだ。確か、エアリスがオレのセーターを編み直すからと言って糸をほどいて・・・・・・・・、とセフィロスは軽く頭を振る。

「毛糸がぴんと張るように腕を広げててね。全部ほどいたら今度は蒸気に当てて癖を取るんだから。」

    そう言ってオレの広げた手に巻いていた筈だったのに。
    こんな格好で、オレはどれだけの間居眠りをしていたというのだろうか。


「・・・・・・・肩幅とか・・・・・胸周りとかがね。来年はまたほどいて編み直しかな。」

楽しそうにエアリスが笑った。







    オレに来年は来ないんだエアリス。



    オレはもうすぐ、君を連れて逃げる途中撃たれて死ぬ。






「・・・・・・夢を見た。」

ほんと?だって、うとうとしてほんのちょっとコックリしただけだったよ?とエアリスが不思議そうに聞いた。

「長い夢だった。」

天井を仰ぐようにしてため息をついたセフィロスにエアリスが尋ねた。

「・・・・・・・・いい夢だった?」

どうかな、とセフィロスは呟く。

「願いが全て叶う夢だった。」

じゃあいい夢だね、と言うエアリスの手は休むことなくセーターをほどいていた。


忌まわしい二度目の大戦が始まって数年、ほんの束の間の休息にも似た静かな夜だった。

「エアリス。」

セフィロスの声に、糸をほどく手をほんの少し緩めてエアリスが顔を上げた。「ん?」



    生まれ変わった場所ではオレ達は兄妹なんかじゃなかった。
    けれど、君はやはりオレを愛してはくれなかった。

    この場所のような人間同士の戦いもなかった。

    けれど、オレは全ての人間を敵に回して憎まれていた。

    君が宝条の実験に使われる事も・・・・・・多分ないだろう。
    他に・・・・・・興味深い材料があったんだ。










    それから・・・・・・・・それからエアリス。オレは君をこの手で殺していた。

    けれど、オレの剣が君の命を奪った時、オレはほんの少し、幸せだったんだ。
    もう永遠に君が誰の物にもならないと思って。
    オレのために死んでくれたのだと思って。
    本当は、幸せだった。




    全ては、近い未来にもう一度繰り返されるのだろう。



「そうだ。・・・・・・・・いい夢だった。」

エアリスが柔らかく微笑んだ。

「こんな嫌な戦争の間に、ほんの一瞬でもいい夢が見られて・・・・・・本当に良かったね。」

セフィロスは小さく頷いた。

























                              











                              



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テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

ひとでなしの恋









ひとでなしの恋






セフィロスが近付いている。
今までとは違う。
真っ直ぐに、私を目指して。
私がこれから何をしようとしているのかを知って、私の命を奪ってでもそれを止めようとしているのが判る。
だから私は急いであの場所へ行って、あの呪文を唱えて、この星を救わなければならない。



















祭壇の前に立って、エアリスはそっと髪の後ろに触れた。
そこにはいつかクラウドに、何の役にも立たないマテリアだと言った硬質な球体があるだろう。

「・・・・・・可哀想な私のマテリア。」

祈り始めなければいけない時刻だった。
何の役にも立たない筈だったマテリア。
メテオを封印するためだけに存在し、機能するマテリア。
もしセフィロスがいなければ、そしてセフィロスがメテオを発動しさえしなければ、一生をただの綺麗な髪飾りとして自分と共にあっただろうに。

「・・・・・・・ま、私とおんなじようなものね。」

何となく苦笑が浮かぶ。
自分が何のために生まれたのか、何のためにただ一人で生きてこなければならなかったのかずっと判らなかった。もし星を滅ぼしてしまおうなどと考える者が現れなければ・・・・・・・・そしてそれがセフィロスでなかったならば、自分の特異な性質に目を向ける事もなく、ただの人間として一生をごく普通に過ごせたのかもしれなかった。


・・・・・・・それもちょっとはね、考えたんだけど。


仲間達と共に精一杯悪あがきをして、人間の力の及ぶ範囲で無駄な抵抗を繰り返し、そして・・・・・・・・叶わなくてみんなと一緒に悔しがりながら滅んでしまえたらと。それが自分に出来る全ての事だと思い込めてしまえれば、どんなに楽だっただろうか。

ナナキの熱い体温が蘇る。



「暑いよ、ナナキ。そんなにぺったりくっつかないで。」



夏の熱帯夜の中、誰か人にもたれかかり、その熱を放出しようとしていた赤毛の犬をみんなで邪険にして誰か他の相手に押し付けようとした。
自分も只人であると、ナナキの少し熱い体温を感じながらみんなと同じなんだと思えたあの夏の日が懐かしかった。

今は、とても寒い。
みんなを助けられるのだと思っていても、一人はとても寒い。

「あれ?・・・・・・・・・おかしいなあ。何で・・・・・・・涙が出て来るんだろ。」

エアリスは手の甲で瞼をごしごしと擦った。

気力と集中力が必要な事は判っていたけれど、脳裏には次から次へと愛しい人々の顔が浮かんで、エアリスはなかなか祈り始める事が出来なかった。

何も言わずに置き去りにしてしまった仲間達は、自分が死んでしまった後、少しは自分の事を思い出してくれるのだろうか。勝手な事をして勝手に死んで、と、怒りながらも涙をほんの少し、手向けてくれるのだろうか。

そしてクラウドは・・・・・・・・・・



「酷い事して、ごめんね。」



ぽとんと一粒涙が落ちた。
クラウドが今危うい精神の均衡の上に立っている事は十分承知していた。本当の自分と、自分が作り上げた理想の自分と、そしてクラウドの心の奥に巣食う闇の中に飲み込まれてしまいたいという願望の狭間で揺れ動き、ひょっとしたらそれ以上の狂気に囚われてしまう可能性も皆無ではない。
自分が唱えるホーリーはメテオを止めるため。そのメテオを発動させるための手助けをしてしまった事で彼は悩み続けるのかもしれない。
自分は後の責任を何一つ背負わずに彼らを置き去りにしてしまうのだと思うと胸が痛んだ。

・・・・・・・ティファ、クラウドをお願い、ね。
今更こんな事、言える資格もないんだけど・・・・・・・・

初めて自分をただの人間だと思って接してくれた同世代の友人の姿が浮かんだ。
私がクラウドの事好きだって言ったら、笑って「応援するね。」と言ってくれた。
自分の痛みを決して外に現そうとはしなかった。
平凡に生まれ育って、何の疑問もなく大好きな幼馴染を大きくなってからも好きで、いつかその人が振り向いてくれたら、って考えてた人。それが判っていたのに気付かない振りをしていたのは、そんな平凡な幸せに恵まれたあなたが憎くて、羨ましくて、でも本当はそれ以上に憧れてたから。

「ひとでなし・・・・・・だったよね。」

ティファが泣いていたのを知っていたのに、どうしてもクラウドと一緒にいたかった。
自分は本当はクラウドに相応しくない、って初めから知ってたから。





「クラウド・・・・・・・・泣いてくれるかなあ・・・・・・・。」

あなたに「好き」って言って、散々振り回してごめんね。
いつかこんな日が来るって、判ってたのに「好き」って言ってごめんね。
ただの人になって、最後まであなたと一緒に無駄に戦い続けていたかったけど・・・・・・・・

それは自分の我儘だから。






一歩前へ進む。
セフィロスの気配は先程よりもずっと強くなっていた。

昔から・・・・・・バレバレだったって、言ったでしょ?

くすりと笑いが漏れた。
今までも、ずっと後を追って来ていたのは判っていた。
けれど今その気配の中に、今までには決して感じる事のなかった自分への殺気を認め、エアリスは祭壇の前に膝を着いた。












『間に合うとでも思っているのか。』

どこからかセフィロスの冷笑が聞こえたような気がして、エアリスはぶるっと震えた。
つかえた呪文を、気を取り直してもう一度口にしようとする。

『途中でお前は命を落とす。結局は無駄だったのだと知りながら死んで行くのはどんな気持ちがするのだろう。』

まるで舌なめずりをするようにうっとりと語りかけるセフィロスに、何だか無力感が闇のように迫って来るようで、エアリスは自分の両肩を抱き締めた。

「・・・・・・・・どこよ。」

声の主はどこにいるのかと頭を巡らす。

『お前のすぐ側まで来ている。』

相変わらずセフィロスの声はエアリスの頭の中に響くだけで、すぐ側と言われる場所の特定は出来ない。エアリスの気持ちが乱れた。

『邪魔をして貰っては困る。メテオは私の情熱なのだから。』







歌うように響く冷たい声に、エアリスの血が逆流した。

「・・・・・・・・・あんたなんかセフィロスじゃ、ない。」

あの、不器用で照れ屋で、本当は誰かを傷つける事を何よりも嫌っていたセフィロスはどこへ行ってしまったのだろうか。

『私もお前など知らない。』

自分の呪文を攪乱させるためなのだろうか、セフィロスは嬉しそうに笑っていた。挑発に乗っていると判っていても、エアリスは言葉を継がずにはいられなかった。

「止められる物なら止めてみなさいよ。あなたの情熱なんて知ったことじゃない!」




でもそれはきっと狂ってしまったセフィロスの唯一の生きる証。
メテオを発動させ、この星を滅ぼして、全てに復讐したいと思っているセフィロスは、それだけを自分が生きている理由と思い、長い長い間昏い情熱を注ぎ続けていたのだろう。

「だから。」




だから、あなたのメテオを止める私の命はあなたにあげるから。


エアリスは静かに目を閉じると、一切の音を遮断するように深い祈りに入った。
セフィロスの声は、最早そこには届かなかった。














終わった・・・・・・・・・・・・・。




呆然としたようにエアリスが目を開いた。
最後まで祈りを唱えられる確率は低いと思っていた。
そして自分はまだ生きている。



・・・・・・・・・ホーリーを唱える時間を、私にくれたの?
それはあなたの望みでもあったの?




気配だけは濃厚なのに姿を現さないセフィロスに、エアリスが顔を上げた。セフィロスに包まれたような気がした。耳元で誰かが囁いた。




「オレと一緒に行かないかエアリス。」




その時初めて懐かしいセフィロスの本当の声が聞こえた気がして、エアリスは一瞬微笑んだ。

正宗の切っ先がエアリスの背中に吸い寄せられるように沈んだ。

「地獄まで?・・・・・・・しょうが・・・・・・・・・」






ないなあ。





微妙に笑ったまま息絶えたエアリスの思考はそこで止まった。












セフィロスは、エアリスの体を貫いた剣を引き抜いた。
吸い込まれた時と同様に何の抵抗も摩擦もなくそれはするりと抜けて、下に向けた切っ先から一滴の赤い血が零れた。




オレのメテオは君のホーリーで止められるだろう、エアリス。
君の命の代償はオレが自分で払うのだろう。
オレは・・・・・・・その時を待っていればいいのだろうか。




「・・・・・・・・・君の血は・・・・・・・赤かったんだな・・・・・・エアリス。」

自分とエアリスとの違いをまざまざと見せ付けられたような気がして、セフィロスは唇を歪めて笑おうとした。
エアリスの血が染み込んだ場所に、血とは別の透明な何かが一粒零れ落ちた。

そしてその時、最早何の必要もなくなった、コピーの中に残された最後の理性が、自らの意思で奥底へと姿を消した。















セフィロスは、目の前に転がる見知ったような、どこの誰とも判然とはしないような人間の死体を見下ろした。
確かこの娘は・・・・・・・この星で唯一ホーリーを唱える才に恵まれた女だった筈だった。その娘が死んでいるという事は、自分の計画が滞りなく進んでいる証拠だった。


そしてそこから後は、セフィロスの目の前でゆっくりと繰り広げられる茶番劇のようだった。
人間が大勢、どこから沸いてきたものか次から次へと現れ何かを叫び、取りつかれたように死体の回りに群がっていた。

だからその女はもう死んでいる。
一目瞭然ではないか、とセフィロスは思う。

怒声と号泣と、寒々しい喜劇のような大騒ぎの中で、セフィロスは亡骸を抱き締めるようにして震える一人の男に目を向けた。

あの男は・・・・・・・・・確か・・・・・・・・・

曖昧な記憶が蘇る。
ふいにその傷口に爪を立ててやりたい衝動に駆られ、セフィロスが口を開いた。
この男を傷つけ、自分をどこまでも憎ませて、そしていつか自分はこの男に…

セフィロスが軽く頭を振った。




「黒マテリアを・・・・・・・・ありがとう。」




冷たく宣言するようなセフィロスの声に、クラウドの肩がはっきりと震えた。
それを見る事もせずにセフィロスはその場所を立ち去ろうとする。

喰いしばった歯の間から絞り出されるように、切れ切れの言葉がクラウドの口から漏れた。
その呟きがまるで風に乗ったかのようにセフィロスの耳元にまで届く。

「・・・・・・・と・・・・でな・・・し・・・・・」

嗚咽を含んだ怨嗟の声は、木石をも動かすほどの怒りと絶望に満ちていた。
けれど、その感情は決してセフィロスには届かない。
だから何だと言うのだろうか、と思う。

「そうなのだろう。」

振り返りもせずにセフィロスが答えた。
どうせ。







人であった事など
生まれてからただの一度もないのだから。






                           







                                        

I LOVE YOU





「遅かったね。」

セフィロスが後ろに立ったので、エアリスは顔を上げずに声をかけた。
そのまま書きかけの手紙を仕上げてしまおうと思っていたのに、いつまで経っても返事もせず動きもしないセフィロスを不審に思い、ついに振り返った。

セフィロスは乱雑に置かれた壊れかけの机の一つに座って、エアリスを眺めていた。

「・・・・・・・何バカみたいな顔して立ってんの?」

本当にバカみたいだ、と思ったのでエアリスは思ったままを口にする。

「君は・・・・・・・・。」

「・・・・・・・なに?」

セフィロスが小さく首を傾げて訝しげにエアリスを見る。

「・・・・・・・オレの気配が判るのか。」

なんだそんな事、とエアリスはぷっと吹き出した。

「当たり前じゃない。どこから来たってすぐ判るよ?」

何でもない事のように言うと、エアリスは再び前を向いて机に屈み込んだ。

セフィロスはまだ思案げな表情をしたまま黙り込んでいる。

「あのねえ。」

ついにエアリスがペンを置いた。

「気配、っていうより教えてくれる、って感じかなあ。」

「・・・・・・・・誰が?」

「知らない。誰かが。」

そう言ってエアリスは肩を竦めた。

「・・・・・・・・・・オレが後ろに立った気配を感じるようなヤツはいないと思っていた。いや・・・・・・他には誰もいない筈だ。」

セフィロスがエアリスの机の側に寄って、そこに広がった紙を覗き込む。

「うわ、しょってる!知らなかった?いつだってバレバレだよ?そんなんでよくやられないなあって私、いつも・・・・・・・・・・ちょっと!見ないで!」

セフィロスの指がエアリスが書いたばかりの文字をなぞっているのを見て、慌てたようにエアリスが言った。

「・・・・・・・心配しなくてもいい。」







オレは字が読めないから。







そう言ってセフィロスは育てかけの花の苗の様子を見始めた。








セフィロスが枯れた葉や咲き終わって萎んだ花を丁寧に摘み取り始めたので、エアリスはもう一度手紙に集中しようとしたが、やがてそっとそれらを一纏めにして小さな声でセフィロスを呼んだ。

「・・・・・・ねえ。」

「・・・・・・何だ。」

「誰も・・・・・・あなたに字を教えてくれなかったの?」

暫く間があってセフィロスが答えた。

「別に必要もなかったから。・・・・・・・戦うためにも、暮らしていくためにも。一度聞いた事は忘れないし、字が書けないからと言って困った事もない。」

・・・・・・・・・質問に答えてないよ。

エアリスはそう思ったけれど、それ以上の追求はしなかった。
世の中には『学校』という物があるのだとエアリスも聞いた事はある。
そこは決して特別な場所ではなかったけれど、それでも、親が子供に通学をさせる意志がなければ通う必要もなかった。通わない子供達には、自宅で家庭教師に着く裕福な子もいれば、学校へも通わず町をたむろする子供もいる。
そして、町の子供達の識字率は極端に低かった。

学校は、普通に生まれて、普通に愛されて、普通に暮らしている子供達が行く所。エアリスはそこをそんなふうに解釈していた。
けれど、逃げ、隠れるように住んでいたエアリスには両親がいて、そしてその両親は惜しみなく自分を愛し、膝の上に乗せて学校で学べる筈の全てを、否、それ以上を教えてくれようとしていた。

この人は、どこでどんなふうに育ったんだろう・・・・・

時々とても身近に感じられる人物の過去を自分は殆ど知らない、とエアリスは思った。

「じゃあ・・・・・・・教えてあげるよ。」

少し考えた後にエアリスが言った。

「何を。」

「字の書き方と読み方。」

「結構だ。」

間髪を入れずにセフィロスが答えた。

エアリスがむっとしたように口を尖らせる。

「・・・・・・・かわいくないなあ。いいじゃない。あなたならすぐ出来るようになるってば。便利だよ?字が書けると。手紙も書けるし。」

君にかわいいと思われなくても結構だ、と答えようとしたセフィロスは、『手紙』という初めて聞く言葉に奇妙な引っ掛かりを感じた。

「・・・・・・・・『手紙』というのは?」

この人は手紙を貰った事すらないのか、と思うとエアリスの胸が小さく痛んだ。

「・・・・・・・・今私が書いてるようなの。こうやって、書いて封筒に入れて、相手に送るんだよ。」

セフィロスはもう一度机の側へやって来ると、薄いピンク色をしたまだ何も書かれていない封筒をつまんで眺めた。

「ここにこうやって相手の名前を書いてね。それから差出人、つまり私の名前も書くでしょ?そうすると、受け取った人は私からの手紙だって判るんだよ。」

ふんとふうんの中間のような曖昧な返事をしてからセフィロスが再び尋ねた。

「これは、誰に宛てた手紙なんだ?」

エアリスが薄っすらと笑って「父さんと母さん。もう死んじゃったけど。」と答えた。

「・・・・・・・・死んだ人にも届くのか?」

セフィロスの勘違いが何だか泣けるほど可笑しくて、やっぱり胸のどこかが痛くて、エアリスは目尻に涙を溜めながら笑った。

「届くわけないじゃない!だからこれは・・・・・・・・出さないの。出さないけど、こうすれば父さんと母さんに聞いていて貰えるような気持ちになるでしょ?」

エアリスに笑われてむっとしながらも、その泣き笑いに何だか教えてくれるという好意を無駄にするのも躊躇われて、セフィロスはむっつりとしたままエアリスの横に座った。

「教えて貰う気になった?」

エアリスが人差し指で目尻の涙を拭いながら言った。
セフィロスが黙って頷くので、エアリスは今自分が書いていた手紙を二人の真ん中に置くと、指で文字を辿りながらゆっくりとその言葉を読んでいった。



昔、父さんが私に教えてくれたみたいに。


時々セフィロスがその音がどうしてこういう文字になるのか、と質問を挟む。

「うんとね、音の通りに書くわけでもないんだよ。例えば、ラブだったらL-A-V-Uって書くと思うじゃない?最初は。でも、いろいろ決まりがあってね。」

エアリスは様々な例を引きながら、自分が両親に向かって綴った「I LOVE YOU.」の書き方を説明していく。
セフィロスはあっという間に発音と表記の関係を掴んだらしく、納得したように頷いた。

「それで・・・・・・・これはどういう意味だ。」

エアリスは最初セフィロスが何を聞いているのか判らなかった。
セフィロスの指が「love」という単語の上に置かれている。

「え?だって・・・・・・・・」

生まれた頃から自分が言われ続け、自分も口にし続けた言葉をセフィロスが知らないという事が信じられなかった。
この人は生まれてから15年間、ただの一度も、誰からも「愛している」と言われた事がないのだろうかと思うと、返事のしようがなかった。

「Iは君だろう。そしてyouは君の両親。じゃあloveは?」






何だか胸が一杯になって、次の瞬間エアリスはセフィロスを両手で抱き締めていた。

「あなたがいてくれて嬉しい。あなたがとても大事。あなたが愛おしい。・・・・・・・・そんな気持ち、だよ。」

頬に当たるセフィロスの耳が熱かった。
そっと視線を寄せると、そこだけが真っ赤になっていた。




「もういい。判った。」


ぶっきら棒に言われて、エアリスはくすっと笑うと腕を解いた。

「じゃあ、今度は私が読むから、セフィロスが自分で書いてみて。」

座りなおして横を見ると、セフィロスは強張ったようになって身じろぎもしない。エアリスは便箋を一枚横に滑らせて、小さな声で自分が書いた手紙を読み始めた。
セフィロスはもう顔を上げなかったし、何の質問も挟まず、エアリスの声を黙々と文字に綴っていった。






紙の上を滑るペンの音が、いつしか止んでしまっている事にエアリスは気付いた。

「・・・・・・セフィロス?」

半ば咎めるように隣を見ると、セフィロスはペンを置き、頬杖をついてこちらをぼんやりと眺めている。

「どうしたの?ちゃんと練習しなきゃ、上手くならないよ?」

エアリスの声にそのままの姿勢でセフィロスが答えた。

「こうやって・・・・・・・・隣に誰かが座って何かを教えてくれるのは・・・・・・・・いいものだな。」

「・・・・・・そう?」

エアリスがにっこりと笑った。

「じゃあ、続けて。どこまで書いたの?」

エアリスに言われて素直にペンを執ったセフィロスは、一度聞いただけで覚えた、まだ綴っていなかった手紙の文章をさらさらと記し始めた。
教会の中は再び静寂に包まれ、エアリスの声とセフィロスのペンの音だけが響いた。





「エアリス。」

ふいに名前を呼ばれてエアリスが便箋から顔を上げた。

「何?」

セフィロスの唇がエアリスの顔を見詰めたままゆっくりと「I love you.」と動いた。
音を伴わないその動きにつられるように、エアリスの顔が見る見るうちに真っ赤になって火を吹きそうになった。

「何と言ったか判ったか?」

真面目な表情で問われて逆上したようにエアリスが叫んだ。

「なっ・・・・・・なに!!突然!なにバカ言ってんのよ!」

「・・・・・・そうかな。」

赤くなっているエアリスには構わず、セフィロスはひょいと肩を竦めると立ち上がった。
そして机の上にあった紙の上にさらさらとペンを走らせる。

「どうやって綴るのかも十分判った。ここに書いておく。」

書き終わった紙を二つに畳んでエアリスに渡すと、「水を汲んでくる。」と言ってセフィロスは教会から出て行った。





「・・・・・・・・なーにが『Ilove you.』よ。ふ・・・・・・ふーんだ。バッカじゃないの?もう。」

両腕を後ろで組みながらぶつぶつと独り言を言っていたエアリスは、やがて意を決したように机に近付くと、セフィロスが残した便箋を手に取り、そっと開いてみた。
そこに綴られた文字『I LOVE YOU』に、自分はどう応えたらいいのだろうかと思うと胸がどきどきする。




紙片の中央には少し細い、丁寧な筆跡で『oliveoil』と書かれているだけだった。




「オリーブオイル…」

エアリスは硬直しながらその言葉を口にした。
・・・・・・・・・やられた、と思う。


紙を握り締めたエアリスの手が怒りに小さく震えていた。
一度聞けば何でも覚えられると言っていたのは嘘ではなかったらしい。オリーブオイルという言葉をどう綴ればいいのか、彼は見事に会得していた。
けれど、セフィロスに「オリーブオイル」と言われて、殆ど同じ口の形で発音される言葉だと思い込み、真っ赤になった自分の間抜け面を思い出すと地団太を踏みたい気持ちだった。

「そう。…そうね。よく綴れているわよ…」

許すものか、とエアリスは思った。






そして、閉められた教会の外側では、陽だまりの中、ドアに背を預けたセフィロスがいつまでも幸せそうに笑っていた。










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