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キス・キス・キス(直澄×紗南)


「なあ、あれ・・・・・・・・紗南やろ?」

突然風花ちゃんが言った。
僕達はその日クリスマスパーティーのプレゼントを買いに四人で出かけていた。
僕と亜矢ちゃん。秋人君と風花ちゃん。
お互いそれぞれプレゼントは渡すんだけど・・・・・・て言うか秋人君はどうだかわかんないけど・・・・・・四人でも何か下らない物を交換しよう、それを買いに出かけよう、というのは風花ちゃんの発案だった。
正直言って僕は・・・・・・秋人君はクリスマスとかクリスマスプレゼントにちょっと抵抗があるんじゃないか、って思ってた。
だけど、風花ちゃんはそれを知らないし、今更小学校の頃に秋人君と紗南ちゃんがどんなクリスマスを送ったかとか、プレゼントはどうしたとか・・・・・いちいち伝える事じゃないと思っていたので黙っていた。

「秋人君はショッピングになんて付き合わないと思うんだけど。」

そう言ったら

「せやから拉致すんねん。日曜日に道場行くやろ?その終わりの時間に三人で待ち構えてそのまま攫ってったらええねん。」

・・・・・・風花ちゃんは秋人君の行動を読んでる。
僕は、本当のところ秋人君が風花ちゃんの事をどのくらい好きなのかよく判らない。
判らないけど、多分嫌いじゃないんだろうって思ってる。じゃなかったら、待ち構えた風花ちゃんに襟首を掴まれ引きずるようにあちこち連れ回されたりしないだろうし。

・・・・・・・大体秋人君って、硬派ぶってる割りに押されると弱い、っていうのか引きずられるとそのまま引きずられるっていうか・・・・・そういうとこがあるんだよな、うん。

なんて思っていたら風花ちゃんが「紗南やろ?」と言ったのだ。

「わ!ホント!加村直澄君と一緒だ!」

亜矢ちゃんまでが浮き浮きした声で言ったので、「紗南ちゃん」「加村君」という二大気になる名前を聞いた秋人君同様、僕も眼光鋭く辺りを見回した。
って、見回す必要はどこにもなかった。

「えらい目立つな。あの二人。」

勿論有名人の二人連れだから、って事もあるんだろうけど、何だかそこだけ妙に楽しそうに光が当たってるみたいで、道行く人たちが皆眩しそうに二人を見て、その行く先を開けていた。

「お前はモーゼか、っちゅうの。なあ。」

風花ちゃんがケラケラと笑いながら秋人君の背中を叩いた。
秋人君のくぐもった返事は僕の所までは届かなかった。

「なあ・・・・・・・あの二人、つけへん?」

風花ちゃんがイタズラっぽく笑って歩き出すと、亜矢ちゃんが両手を合わせて賛成して後に続いた。

「・・・・・・・全く、女ってのは。」

って秋人君!
秋人君がポケットに手を突っ込んで歩き始めたので僕はびっくりした。
秋人君までついてくの!?
僕は大慌てで三人の後に続いた。







最初に二人はおもちゃ屋さんへ入って行った。
僕達は巨大なぬいぐるみやクリスマスツリーの影に隠れながら二人の買い物を見守っていたんだけど、加村君が小さな子供が喜びそうなオモチャを沢山買い込むのを紗南ちゃんが楽しそうに手伝っていて、僕は、これはひょっとすると仕事の一環なんじゃないか、と思った。
番組で使うとか、事務所でパーティーがあるとか・・・・・。

「・・・・・・仕事なんじゃねえの?」

秋人君がつまらなそうに呟く。
でも風花ちゃんは引き下がらなかった。

「まだまだこれからや!盛り上がりはこれからやで!」

と、妙に気合の入ったガッツポーズまでかましている。

それから、紗南ちゃんが行きたがるヘンな店に加村君は嫌な表情一つ見せずに付き合って、紗南ちゃんがおかしな着ぐるみを着て登場する度に大受けしていた。
おかしな物を山ほど買い込んだ紗南ちゃんの荷物を持ってやって、それからビルの一角にあるカフェに入った。

「ほら!ここやで!ここ!!」

風花ちゃんが二人が見える窓を早速見つけると、下の通路に屈みこんで僕達に手招きをした。

「・・・・・・・何でオレが・・・・・」

秋人君は文句を言いながらも、風花ちゃんに再び襟首を掴まれて引きずられていた。
僕達が見ていると、加村君が大きなプラスティックのカップを持って紗南ちゃんが座る席に戻って来た。

「・・・・・・・まさかあれは!!!!!」

僕は衝撃で声も出なかった。
カップの上に飛び出るストローが二本!

「・・・・・・・あれを二人で飲むちゅーワケか。・・・・・・・・まさか今時あんなモノにお目にかかろうとは。加村直澄、やはり只者ではないちゅー事やな。」



僕にはどうも風花ちゃんが加村君に感じる微妙なライバル意識が理解出来ない。
ひょっとしたら、加村君が上手に紗南ちゃんをリードするように自分も秋人君に対して上手く立ち回れたらいいのに・・・・・なんて考えてるのかな、なんて思ってしまう。

紗南ちゃんは・・・・・・・・・さっきのお店で買った鼻とヒゲが付いたメガネをかけて大笑いをしていた。
加村君が顔を赤くして頭を掻いている。

「・・・・・・・恥ずかしいヤツだな。」

「どっちが?」

秋人君の声に僕は思わず聞いてしまった。

「どっちもだ。加村も・・・・・・照れるならあんなモン買ってこなきゃいいだろ。まあ、あのヒゲメガネが待ってるとは思わなかっただろう。気の毒に。」

そうかな、と僕は思った。
加村君は、紗南ちゃんが例えバカ殿のちょんまげを付けて待っていたとしてもあれを買って来て、バカ殿と一緒に喜んで一つのカップから飲み物を飲んだんじゃないだろうか。
だって今だって、ヒゲメガネとあんなに嬉しそうに並んで座っている。
そして、秋人君も本当はそれを判ってるんじゃないだろうか、と思った。



「何か・・・・・・・色気がないちゅーか・・・・・・」

「デートじゃないみたいね。」

風花ちゃんと亜矢ちゃんが何だかがっかりしたように言った。
確かに、店の人もみんなあの二人が加村直澄と倉田紗南だと気付いているんだろうけれど、二人がしている事はまるで冗談のようで、どこから見ても何かのロケかドッキリか、ただのおふざけにしか見えなかった。

「帰るぞ。」

秋人君が言った時、ちょうど加村君が立ち上がった。
紗南ちゃんと荷物はそのままだ。

「敵に動きありや!紗南を一人残して加村直澄はどこへ行く。斥候!見てきいや!」

鋭く風花ちゃんの指令が飛び、斥候と指差された僕は反射的に店のドアの死角に隠れた。
風花ちゃんは素早く秋人君、亜矢ちゃんを別の店に引きずり込む。












加村君は、一人でアクセサリーショップに入って行った。
きっと紗南ちゃんへプレゼントを買うんだな、と僕は思った。
紗南ちゃんを待たせて買うんだったら、クリスマスプレゼントじゃなくて今日のお礼、ってとこかな。

「お礼に貴金属ぅ?」

僕の心の中にメラメラと闘争心が持ち上がり、僕は今まで以上に加村君を注視した。
最初に出して貰っていたのは指輪だった。

「お礼に指輪ぁ?」

僕の炎に油が注ぎ込まれ、思わずメガネの曇りを拭く。
そして再び注視してた・・・・・・んだけれど、何だか段々気持ちが暖かくなって来てしまった。
僕は今まで、こんなに嬉しそうに何かを選ぶ人を見た事がない。




・・・・・・・紗南ちゃんだったら、きっと何でも喜んでくれるよ。




僕は、ずっと前に秋人君に言ったのと同じ言葉を加村君にかけてあげたくなった。
加村君は、本当に紗南ちゃんの事が好きなんだな、と思って、それから秋人君の事を考えて少し胸が痛くなった。









「剛君!!!紗南ちゃんがお店出ちゃった!」

その時僕は突然亜矢ちゃんに腕を掴まれた。
亜矢ちゃんが指差す方を見ると、相変わらずヒゲメガネをかけたままの紗南ちゃんが、今度は三角帽とおまけにほら・・・・息を吹き込むとぴーひょろ言って紙の筒が伸びるあれ、あれをぴーぴー吹きながらこちらに向かって歩いて来た。

「おーい!直澄ー!どこだー?」

紗南ちゃんの遠慮のない声が聞こえて、慌てたように加村君が手に持っていたネックレスを店員に渡して会計をしている。

「こっちやこっち!」

相変わらず風花ちゃんのリードで植え込みに隠れるのと、紗南ちゃんが通り過ぎるのは同時だった。
加村君もお店のカウンターの下に隠れていた。

「・・・・・・・・バカくせえ。あいつ一人に振り回されてるみてえ。」

だってそれはいつもの事じゃない、秋人君。
僕は笑いながらため息をついた。


通路の奥まで行って戻って来た紗南ちゃんは、アクセサリーショップから猛ダッシュで隣の店へと飛び込み再び顔を出した加村君と漸く合流した。

「加村直澄・・・・・・・苦労人やな・・・・・・・・・」

何となく風花ちゃんの心の針が加村君同情へと振れて行くのが判った。

「・・・・・・・で、まだ後つけるのか。」

「当たり前や。さっきの見たやろ?あれを渡すんが本日のメインイベントやないか。」




・・・・・・・やっぱり同情はしていないみたいだ。





それから加村君と紗南ちゃんは楽しそうに話しながらそのビルを出て、それから暫く歩いてもう一つのビルの中へと吸い込まれて行った。
そこはオフィスビルで、日曜日は殆ど使われていないようだった。ただ、日曜でも出勤する人のために通用口は開けてある。

「こないなとこ入って・・・・・・どないするんやろ。」

人気のないビルの中はしんと静まり返って、時々紗南ちゃんが吹く笛の音がやけに響いていた。

「階段・・・・・・使って上がってるね。」

僕はそう言って、足音を忍ばせて先に立って歩き始めた。
実は僕もちょっと興味あったんだよね。
加村君が紗南ちゃんにどうやってプレゼント渡すのか。




三階まで上がると、急に辺りが明るくなった。
そこはビルの中にある小さな空中庭園だった。
庭園・・・・・・なんて言うほど気の利いた場所じゃなかったかもしれないけれど、それでも植え込みが整えられて、ベンチがいくつか並んでいて、多分このビルで働く人たちの息抜きの場所なんだろうと思われた。
でも日曜日の、しかも12月の寒い木枯らしの中、そんな場所にいる人は誰もいなかった。

「人気のないベンチ・・・・・・・夕暮れ時のサヨナラの時間。ベタや。ほんまベタベタや加村直澄。せやけど・・・・・・・やっぱ美形は得やで。あんなベタベタでも笑う気にならへんわ。」

踊り場から顔だけを覗かせて、風花ちゃんが感心したように言った。
確かに僕も、コートのポケットからさっき紗南ちゃんには内緒で買ったプレゼントをごそごそと取り出してそれを渡す加村君はあまりにもベタだと思った。
思ったけれどもやはりそれが絵になるのはちょっと悔しい気持ちもした。

加村君は、結局指輪は諦めてネックレスを選んでたんだよね・・・・・・・・。

いくら何でもデートの終わりに指輪はないよね。
だって二人がそんな付き合いしてるなんて聞いた事ないもん。
そりゃあ、週刊誌なんかでは散々ウワサにはなってたけど、紗南ちゃんは否定してたし。

・・・・・・・・と思っていると、紗南ちゃんがプレゼントを受け取って包みを開き始めた。
ここからじゃどんなネックレスなのかは見えないけど、何だか嬉しそうで、早速つけてみようとして上手く止まらなくて、ヒゲメガネのままバカ笑いをしている紗南ちゃんの表情はここからもよく見えた。

「おおっ!!!加村!それが狙いやったんか!」

風花ちゃんが感に堪えない、といった声を上げて膝を叩いた。
僕のメガネもきらりと光った。何と、加村君は紗南ちゃんの手からネックレスを受け取って、自分で止めてあげようとしている。

「紗南ちゃん!逃げて!襲われる!!」

僕は冗談半分、でももう半分は本気で叫んだ。その途端に

「んなワケねーだろバカ。」

と、秋人君にすぱこんと殴られた。

「あいつが大人しく襲われるか、っつーの。」

そりゃそうだ。
紗南ちゃんがこんな誰が見るか判らないような場所でそんな事するわけない。
着ぐるみのレッサーパンダに化けてでもその場から逃げ出すだろう。

でもそうじゃなかった。
そうじゃなかったんだ。





ネックレスを付け終わって、ちょっと体を離して紗南ちゃんをまじまじと見た加村君は、にこっと笑ってまた紗南ちゃんに近付くと、額に軽くキスをした。

「おおおおっ!」

と風花ちゃんが声を上げ、亜矢ちゃんが片手で口を覆った。
加村君が紗南ちゃんの三角帽とヒゲメガネを取って、それをベンチの上にそっと置いた。
それから、加村君は紗南ちゃんのほっぺたにもキスをした。
僕が驚いたのは、紗南ちゃんがそれを全然嫌がっていなかった事だった。
ほっぺたにキスをした後、そのまま加村君は動かなかった。きっと紗南ちゃんに内緒話をしているんだろう、と僕は思った。紗南ちゃんが時々くすぐったそうに体を竦めるのを見ていると、こっちが恥ずかしくなって来るくらいだった。

顔を離した加村君が、紗南ちゃんの口からピーヒョろ笛を抜いた。





「・・・・・・・くだらねえ・・・・・」

その時秋人君が憮然と呟いた。

「そっ・・・・・そうだよね!秋人君と紗南ちゃんだってあんな事やこんな事色々しちゃってたもんねえ!あれくらい・・・・・・」

僕は秋人君の不穏な雰囲気に逆上して、ある事ない事口走ってしまった。

「・・・・・アンナコトやコンナコトて・・・・何やの。秋人と紗南が何したて?」

風花ちゃんがギロリと僕を睨み付けた。

「えっ・・・・・・いやあの、ほら!子供のふざけっこみたいな物なんだけど。小学校の頃だし・・・・・ねえ亜矢ちゃん・・・・・・・」

僕はうろたえまくって傍らにいる筈の亜矢ちゃんに話しを上手く纏めて貰おうとそっちを見た。でも、亜矢ちゃんは僕達の話なんて聞いてもいなかった。
目は一点を見据えている。・・・・・・・と思ったら

「・・・・・・・きゃ!」

と小さな声で叫んで両手で顔を覆った・・・・・・と思ったらそれは一瞬で、そろそろと滑り降りながら開く指の間から、亜矢ちゃんのキラキラした目と上気した頬が見えた。
何?一体何?と僕も慌てて亜矢ちゃんの視線の方を見て衝撃に硬直してしまった。






さささ紗南ちゃんと加村君がちゅうを!
ちゅうをしている!!!!

僕はムンクになってしまった。

加村君と紗南ちゃんはお行儀よくベンチに並んだまま、そっと唇を合わせて直ぐに離した。
すぐに離れたかと思ったらまたくっついていた。
何だか段々間隔が長くなっていくような気がする。

「・・・・・・・・なんちゅー手馴れたキスや。・・・・・・侮れん、加村直澄。」

何だか風花ちゃんが加村君に向かって静かな闘士を燃やしていた。
何と言うか、燃えどころが微妙に違うような気がしないでもないんだけれど、多分風花ちゃんには風花ちゃんなりの青春の青写真、って物があるんだろう。




「そこで肩に手を回すんか!加村。なるほど!!勉強になるわ!」

向学心旺盛な風花ちゃんは、そこにノートがあったらメモでもつけそうな勢いで二人を凝視していた。

「おおっ!で紗南がおずおずとな!おずおずと腕を回すと!」

風花ちゃん・・・・・・・・
一人で男役と女役とやってもしょうがないんじゃ・・・・・と思わずにはいられなかったけれど、僕は賢明にも黙っていた。

加村君と紗南ちゃんは暫く見詰め合って、それからもう一度唇を合わせた。


「うわ・・・・・・なんか・・・・・凄くない?」

僕達は赤くなって戸惑って顔を見合わせた。
風花ちゃんですら真っ赤になって何かもごもごと呟くばかりだった。
僕だって何も言えない。
だって・・・・・・・だって二人のキスはあまりにもエロチックだったから。
さっきのキスとは全然違った。
加村君の手が紗南ちゃんの顎を包んで、加村君の頭が何度か動く度に紗南ちゃんの上気した頬が見えて、僕達は見てはいけない物を見てしまったように動揺した。

「舌・・・・・・・入れてるんとちゃう・・・・・・・?」

「ひええええええっ!」

僕は風花ちゃんのとんでもない発言に飛びすさった。

「ひええ、て。だって、そうやろ。見てみいや。」

見てみい、と言われて見るのも何だか物凄く下品なような気もするし、だけど舌と言われてもう僕も何も考えられなくなってしまうし、僕はただひたすらあたふたしていた。

「・・・・・・・素敵・・・・・・・・」

その時、亜矢ちゃんの呟きが聞こえた。

「あ・・・・・・亜矢ちゃん・・・・・・・・」

亜矢ちゃんの声に僕は言葉を失った。
何で!?
僕の大事な清らかな亜矢ちゃんが何であの濃厚なキスシーンを見て素敵、だなんて・・・・・・・・

「ほんま。・・・・・・・・むちゃくちゃ綺麗やで。」

風花ちゃんも何だかメモを取るのも忘れて・・・・・って元々取ってやしないけど、でも見とれてしまっている。
僕は口をあわあわと動かしながら、直視出来なくなっていた二人を勇気を振り絞ってもう一度見てみた。



・・・・・・何だか、亜矢ちゃんが素敵だと言った意味が判るような気がした。
加村君も、紗南ちゃんも、二人のキスも凄く綺麗だった。
加村君の手が紗南ちゃんの髪に触れる仕草も、紗南ちゃんが時々見せる苦しそうな表情も衝撃的に綺麗だった。
僕は、見た事もない紗南ちゃんにドキドキした。
まるで二人の鼓動が僕達に乗り移ってしまったかのように、いつまでもドキドキが止まらなかった。

僕達にとってとてもとても長い時間が過ぎた。
僕達はもう声もなく、漸く加村君が紗南ちゃんを離して優しそうに笑った時には、緊張が一気に解けてその場にへたり込んでしまいそうだった。


「あの二人・・・・・・マジで出来てたんやなあ・・・・・・・」

風花ちゃんがため息混じりに言った。

「・・・・・なあ秋人。アンタ知ってたん?あの二人があんな濃厚なお付き合いやて。・・・・・・・・・・なあ・・・・・」

風花ちゃんは紗南ちゃんたちから視線を反らせずに秋人君がいる筈の辺りを片手でかき混ぜるような仕草をする。
でもそこに秋人君はもういなかった。


「・・・・・・・て、あれ?秋人?・・・・・・・・なんやの、どこ行ってもうたんや。」

風花ちゃんが慌てたようにあちこち見回して、それからまだ赤い顔のままで「お先、ごめんな!」とボク達にウィンクを投げて走り去って行った。
ひょっとすると青春の青写真に火がついてしまったのかもしれない。

でも風花ちゃんはきっと秋人君には追いつかないだろう。
青写真はまたの機会になるだろう。
今の秋人君は、誰にも追いつかれたくないだろう。






僕は、紗南ちゃんがキスしてるところを見ちゃって凄くショックだったんだけれど、でも本当の事を言ってしまえば、紗南ちゃんが今まで見た事ないくらいに綺麗だった事にちょっと感動してしまった。
だって、それほど紗南ちゃんはいつも僕達と一緒にいる時と違った。
何だか・・・・ちゃんとした女の人みたいだった。
だけど、秋人君にとっては、キスそのものよりも、紗南ちゃんが綺麗だった事の方がずっとショックだったのかもしれない。

紗南ちゃんがボク達の・・・・ううん、秋人君の手の届かない人になっちゃったみたいで、凄く。

「・・・・・・秋人君・・・・・・・・・」

僕はさっきまで秋人君がいた場所を見て呟いた。


でも大丈夫だよね、秋人君。
きみには僕達だって、風花ちゃんだっているんだから。





僕は、自分で思った事が、秋人君にとって何の慰めにもならない事を心で知りながら、それでも何度も繰り返し思わずにはいられなかった。

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テーマ : 自作小説(二次創作) - ジャンル : 小説・文学

L changed my world. 映画版デスノート『L』



「真希は成人式に出るの?」

友人が無邪気に問い掛ける。
ついさっきまで母親が勝手に誂えたという桃色の振袖を散々にこき下ろし、でもせっかくだから成人式出てみようかな、と小首を傾げたところで話をこちらへと振ってきた。

「そうねえ。どうしようかな……。」

曖昧に笑って答えると、別の友人がさっさと話題を変えた。

「それよりレポートが先でしょ!実験レポート実験レポート!その繰り返しで私なんて精一杯よ。」

ねえお父さん、と私は思う。
今日もいい一日になりそうだよ。
私に両親がいない事を知っていながらも瑣末事はあっさりと忘れて母親の愚痴を言う友人も、私に判らないように相手を蹴飛ばす訳でもなく話題を変えてくれる友人も、どっちもとてもいい子達だよ。
他にも友達が沢山出来たんだよ。

ねえお父さん。
不器用な優しさでも大きな慰めになると知ったあの日から、私はほんの少し他人に対して殻を破れるようになったのかもしれない。
Lは、私の世界を変えてくれたのかもしれない。






「ただいまー!………パパ?いないの?」

この時間にはいつも家にいる筈のパパ、松戸博士は家にいなかった。
12歳で天涯孤独の身の上となった私は、引き取り手となる親類縁者もなく通常であれば施設に収容される筈だったのに、何故か博士が私を引き取ってくれた。
勿論私達の間に係累はなかったから、手続きにはかなりの無理があっただろう。けれど、あの世界的な事件に関わりあった私達二人であり、そして解決の一端を担った博士であったという事で、警察の上層部からも何らかの働きかけがあったらしい。
噂によると、FBIの捜査官からも陳情書が届いていたらしい。
恐らくは有能なのだろうけれど、結局私達の囮となり続けクレープの移動販売車の運転に終始していたあの人の良さそうな捜査官は、今どうしているのだろうか。


博士は、私が彼の事を『パパ』と呼ぶ事を酷く嫌がる。


自分が引き取ると宣言をした後、博士は腰のベルトに挟んだタオルで汗を拭きながら私に説明をした。
曰く、彼と私の父は共に研究をし続けた仲間であった事、自分が過去のしがらみに囚われてウィルスの研究から離れていたために、父が孤独な戦いを続けなければならなかった事、結果的に父を一人で死に追いやってしまった事。
訥々と、汗を流しながら、話の途中で何度も「すまない。」と繰り返し、私が18になるまで責任を持って面倒を見ると頭を下げてくれた。

私には経済的な心配はなにもなかったから、然るべき後見人を立ててその相手と一緒に暮らすという選択肢もなくはなかった。
けれど、たった12歳の小娘に対して深々と頭を下げる博士を見た時に、この人と居たいと本能的に思った。
それにこの人は…………

「判りました。お世話になります。でも、私博士の事何て呼んだらいいのかな。」

私の即答が彼にとっては意外だったらしい。
しばらく目を白黒させていたが、やがて嬉しそうに笑って言った。

「まあ、おじさん…とでも呼んでくれれば。おじいさんは…ちょっと。」

この年まで独身で、家族を持った事のない博士は自分がどう呼ばれるかを考えもしなかったらしい。

「じゃあ、パパ。」

冗談半分でそう言った。
その時の博士の表情を私は今でもはっきりと覚えている。
天才的な頭脳を持った人達が自分でも気付いてもいない感情の陥穽。相手の言動が理解出来なくて戸惑って硬直して視線が左右に微妙に揺れる。

この人のこういう所はLにとてもよく似ている。

私はそう思って、今はもういないLの不器用な表情を偲んだ。



松戸博士の家は、私が慣れ親しんでいた空間とは大違いだった。
静かで、清潔で、真っ白だった私の周囲はその日を境にあっという間に雑多な日常に埋もれていった。普通に暮らしているだけで不思議な程に家の中は散らかり、ゴミやホコリは溜まり、そして博士は驚くほどそれらに無頓着で、私が来るまでどうやって暮らしていたのか不思議に思うほどだった。
そして私は18になり、高校を卒業し、大学に合格しても博士を一人で残して行く事ができなくなっていた。






「おっ!帰ってたのか!」

玄関に横付けされた自転車から飛び降りて博士が家の中に入って来た。背中に風呂敷包みを背負っている。

「なあに?その荷物。」

カゴに入れてくればいいのに、と思いながら博士の後ろに回って私は包みを受け取った。

「いやな、お前の成人式の振袖を作ろうと思って………ちょっと知り合いの呉服屋へ行って来たんだ。そうしたら、お前にも是非見て貰ってくれって……言うから…背負って………」

博士がそんな事に気付くなんて思いもしなかった。
大体、私が二十歳の誕生日を迎えた日だって特にお祝いをしてもくれなかったのに。

「へえ、パパ覚えてたんだ。私が今年成人だって。」

相変わらずの挙動不審な躊躇え方をした後、博士はぽつりと言った。

「毎年数えてはいるんだ。18を過ぎてからお前が大きくなっていく事がなんとなく淋しくてな。祝えなかった。だが………成人を祝わなかったらさすがに二階堂に顔向けが出来ん。」

ぷいと横を向いた博士はさっさと居間に向かう。
私は反物が入っているらしい風呂敷包みを抱えて、ふふふ、と笑った。





「嫌だ。パパ。赤ばっかりじゃない!」

結び目を解いた瞬間に判っていた事だったけれど、私は畳の上に広げられた幾反もの赤い絹の流れを見てため息をついた。

「何だか子供っぽくない?」

私の口調に躊躇えたように博士がタオルで汗を拭いた。

「いやあの…何だ。君が初めてウチへ来た時……その、赤いワンピースを着ていたんだ。そのイメージが強くてつい………」

ちょっと待って!その手で反物に触っちゃダメだよ!と慌てて言いながら私はキッチンへウェットティッシュを取りに走った。
Lと、あの男の子と、それから私と三人で逃げ込むようにこの家に到着した時、私は赤いワンピースを着ていた。あの日の事は鮮明に思い出せる。
ニュースで私の顔写真が公開され、私達の動きが日本中の興味の対象になっていたあの日、果たしてLが尋ねるという相手は私達を迎え入れてくれるのだろうかと不安で一杯だった。一つ間違えば自分が感染するかもしれないウィルスの保有者だった私を、博士は家の中に入れてシャワーを使わせてくれた。
あの時の安堵と感謝を忘れなかった日があるだろうか。

「まあいいよ。赤でも。」

渡されたティッシュで指先を拭いながら、博士が明らかにホッとした表情で息を吐いた。
あの、桃色の振袖を勝手に選んだ母親に対して文句を言っていた友人の気持ちが少し判った。私は今、赤い反物ばかり揃えて来た博士の事を、誰かに思い切り話したい。
文句を言って、嫌になっちゃう、と言って。
そして心の中には博士に対する愛情と暖かい感謝が広がるのだろうと思う。



一番気に入った一枚を肩にかけて私は鏡を覗いて見た。
低血糖で痩せっぽちだった体は、博士の丁寧な治療と食事療法で、漸く少しは丸みを帯びて来た。赤い振袖を着ると、今でもまだ七五三のように見えるかもしれないけれど。

「悪くないかも。」

私はそう言って小さく肩を竦めた。
博士が肩の荷を降ろしたように、そして少し淋しそうに笑った。




L、あなたのお陰で生き延びた私は、ハタチになったよ。
心の中でそう言うと、「おめでとうございます、真希さん。」という奇妙に生真面目で、私が毎日聞いていた「お帰りなさい、真希さん。」と同じ声が聞こえるような気がした。




シャーロット・リー


「ドナルド、今日のお茶の時間に誰が来ると思う?」

朝食の席で、思わせぶりにジャネットが言った。
さあ、と別に興味もなくドナルドが生返事をする。
嫁いでジャネット・ボーンウェルとなったカーマイケル家の長女は、主人の長期不在のために実家への数日間の逗留を決め込んでいた。最近は活発に奉仕活動に励んでいるらしく、実家へ戻っても精力的に出かけては顔を広げている。
あちこちの教区の牧師達、慈善活動に積極的な奥様方、救貧院のバザーのために針仕事をするお嬢様方、どれもドナルドにとっては何の興味も湧かない対象でしかない。

「このあいだの、教会の奉仕活動で会ったのよ。最初は、何て綺麗な人かしらと思って見ていたんだけど………本当にご熱心で、汚ない子供達に触られても嫌な顔一つしなくてね、それで、後でお茶を頂いた時に思い切ってお名前を聞いてみたの。そしたら!」

ジャネットからあらましを聞いていたノーラが、我慢できずにそこで口を開いた。

「シャーロット・リーだったんですって!ロッティーよ!ねえ、ドナルドあなた覚えてる!?」

ドナルドが思わず顔を上げると、満足そうな表情のジャネットと目が合った。

「ロッティー・リー?あのおチビの?」

ノーラが馬鹿にしたような顔でドナルドを見た。

「あなたの方がずっとおチビだったじゃないの。勿論今もよ!ロッティーは確かセーラより3歳年下でしょ?セーラはジャネットの2歳上なんだから………」

「分かってるよ!」

ドナルドが忌々しげにノーラを睨みつけた。

「そう言われてよくよく見たら、本当に、確かにロッティーだったわ。綺麗な金髪の巻き毛もえくぼも、忘れな草の瞳の色もそのまま。でも、あんまり雰囲気が違っちゃって分からなかったのね。だって、うちに遊びに来ていた頃は10歳かそこらだったし………セーラ達がウェスト・ケンジントンに越してしまうまで、一年くらいしかなかったもの」

当時を思い出すようにジャネットが胸に手を当てて続けた。

「名前を言ったら私達の事もすぐに思い出してくれたわ。セーラがここに住まなくなってからは遊びには来なかったけれど、それでも長い間お隣のミンチン女学院にいたんですものね。とても懐かしがってくれて、それで遊びに来てくれる事になったのよ」

「ドナルド、今日の午後は何か予定があったんじゃないの?」

ノーラがほんの少しいじわるそうに尋ねると、ドナルドは不機嫌そうに首を振った。

「セーラとは今も手紙のやり取りをしてるって言ってたわ。セーラの事も何か聞けるかもしれない。何しろ我が家には、セーラの事だったら何でも聞きたいって人がいますからね」

ジャネットの言葉にドナルドはほんの少し頬を染めたが、セーラの音信を尋ねたいと思うのは家族の誰もが同じ思いだった。

セーラがその養父キャリスフォードと共にアメリカに渡ってから何年もの歳月が流れていた。初めのうちこそ両国を行ったり来たりしていた二人だったが、今もケンジントン・パレスのすぐ近くに残してある瀟洒な邸宅に彼らが戻る事は殆どない。

「本当に、私達はセーラからの便りを待つだけの事しか出来ないんですものね」

ジャネットが恨めしそうに言う。

「ほんと、キャリスフォードおじさまにも困ったものよね」

ノーラが父親の口ぶりをそのまま真似て大人ぶった口を利いた。

「このままじゃセーラは婚期を逃しちゃうわ。しかもキャリスフォードおじさまには、セーラをお嫁に行かせるつもりなんて全然ないんだから」

アメリカに健全なチャリティの根を植えたいのだ、とセーラは常々語っていた。はっきりとした階級や身分制度が残るヨーロッパでは、実際はどうあれ、持てる者が持たざる物を支援しようという教育が脈々と受け継がれている。
差別はある、それは仕方がないという意識を持つ国々と、差別はある、それは正しくない事だという意識を持つ新しい国ではチャリティのあり方も当然変わってくる。
南北戦争も終わり、建て前は自由と平等を謳われる国の中で、どんな形で人々を救えるかとセーラは日々奮闘を続けていた。




………だってあなたも私に施しをしてくれたじゃないの、ギィ・クラレンス。

何もアメリカにまで行く事はないと止めたドナルドにセーラはそう言って笑った。
かつて、彼らがまだ隣同士に住むというだけで何の知己も得ていなかった頃、セーラはカーマイケル家の家族全員に心の中で名前を付けてその存在に心を慰められていた事がある。
その数年の間、セーラの心の中でドナルド・カーマイケルはずっとギィ・クラレンスだった。

姉や弟妹達は自分達に付けられていたというその麗々しい名前―――例えばリリアン・エヴァンジェリン・モウド・マリオンだとかシドニー・セシル・ヴィヴィアンだとか―――に大喜びをしていたけれど、ドナルドにとってはその名は、事もあろうにセーラ・クルーに向かって6ペンスの施しをしてしまったという痛恨の思い出に直結していた。
そして、セーラがあの時の6ペンスを今も大事にしまってある事、長い間ネックレスとしてその首にかけてくれていた事は同時にくすぐったいような恥ずかしいような複雑な思いをドナルドに抱かせた。

悪かったからそれはもう綺麗さっぱりと使ってくれ、と何度言ってもセーラは笑ってその申し出を却下した。

「あの時の、あの年のあなたにとって、6ペンスを赤の他人に渡すって事がどれほど思い切った決断だったか、それを忘れないように私はいつまでもあの6ペンス玉を大事にとっておくわ」

………あの6ペンス硬貨は今もセーラの手元にあるのだろう、ドナルドはぼんやりとそう思った。

「おじさまは楽しくて仕方がないのよ。セーラと一緒に困った人達のために毎日ああしようこうしよう、って。セーラがお嫁になんて行っちゃったら、おじさま淋しくて次の日に亡くなっちゃうわ」

ジャネットとノーラのおしゃべりはまだ続いている。

「……ほんとにねえ……。最初にうちにいらした頃なんて今にも死にそうな……」

不謹慎な言葉遣いをしたノーラに、母親が厳しい視線を投げつけ、姉妹は思わず顔を見合わせて肩を竦めた。

「……じゃあ、訂正。うちにいらしてセーラが見つからなかった頃のキャリスフォードおじさまは、あのまま行ったらスクルージ一直線だったわ」

40年ほど前に書かれたというそのベストセラーは、約半世紀が経った今でも読み継がれていた。ノーラの軽妙な切り返しに食卓は穏やかな笑いに包まれ、その名残りの中ドナルドはそっと席を立った。






馬車を降りたロッティーは、カーマイケル家の玄関に向かう前に思わずその隣に建つミンチン女学院に目を向けた。相変わらずいかめしい趣のその建物と敷地内は、心なしか自分がいた頃よりも手入れが行き届いていないような印象がある。

………無理ないかもしれない、ロッティーはそう思った。
親同士、その親が親しくしている仲間同士、更にもっと大きなコミュニティへと、あのまるでおとぎ話のようだったセーラ・クルーの逸話は広がって行ったに違いない。セーラ自身が自分が受けた仕打ちを決して他人には語らない人物だったとしても、あの半分子供のようなセーラの養父は、出合った後のセーラを愛しく思えば思うほどセーラに辛く当たったマリア・ミンチンを許しがたく思ったようだった。
大富豪の上篤志家のキャリスフォード氏の機嫌を損ねてまで我が子をミンチン女学院へ通わせようとする父兄も多くはなかっただろうし、ましてや特別寄宿生であった生徒が親が亡くなった途端に手の平を返したように下働きとしてこき使われたという話には多くの母親達が眉を顰めた。

セーラが去った後の学院は、実はロッティーにとってそれ程居心地の悪い場所ではなかった。あの事件をきっかけに、最初に変わったのはミンチン先生とアメリア先生の力関係だった。ミンチン先生は相変わらずあの性格のままだったけれど、どこかアメリア先生の顔色を伺うようになった。
それと同時にアメリア先生も自分が言いたい事を言うようになり、学院の中の空気は随分と変わった。
実際、ある程度雰囲気が改善されなければ、生徒が激減して経営が立ち行かなくなる所だっただろう。

そしてロッティー達にとって幸運だった事に、真っ先に社交界の噂に踊らされて娘を転校させたのがラヴィニアの両親だった。ラヴィニア自身もセーラの幸運を毎日窓から眺め続け、周囲にはひそひそと陰口を叩かれ続ける毎日に嫌気が差していたのか、嬉々として学院を去って行った。
続いて居心地の悪さに耐え切れず逃げ出したのがジェシーだった。
ロッティーやアーメンガード、その他平凡に過ごしていた他の生徒達にとって、セーラに辛く当たっていたメンバーの一掃はそのまま自分達の安全にも結びついていた上、その頃には院内の空気も随分穏やかになっていたため、親と相談をしながらそのまま残る者も多かった。

それでも新入の生徒は確実に減って行き、その収入の激減が容易に想像される現在の佇まいには、どこか胸を突かれるものがあった。


……アメリア先生は、今も頑張っていらっしゃるでしょうに。

そう考えて首を小さく振ると、ロッティーはカーマイケル家の玄関に至る石段を昇り、ノッカーを叩いた。




実際は叩くまでには至らなかった。
カーマイケル家の面々は、馬車の音が聞こえるか聞こえないかのうちに玄関に揃ってロッティーを待ち構えていたのだ。けれど、馬車が止まり、ロッティーが降り立った時真っ先にドアを開けようとしたノーラを、ジャネットが静かに制した。
初めは不思議そうに首を傾げた面々は、窓ガラスを通してロッティーが懐かしげにミンチン女学院を眺める様子に合点が行った。

「あそこでセーラと暮らしていたんですものね」

ノーラがそう言うと、ジャネットが静かに頷く。
カーマイケル家の兄弟達の中で、ジャネット、ノーラ、ドナルドの三人はセーラに特別な愛情を感じていた。下の弟妹達は確かにセーラの事を大好きではあったものの、当時余りにも幼すぎたために、上の三人がセーラに感じた尊さを感じ取るまでには至っていなかったのだ。

「さあ、お迎えしましょう」

長い物思いの後、こちらに向かってやって来るロッティーが窓越しに見えた。
石段を上がって、一段、二段、三段。
もう少ししたらノッカーに手が届いて………。
そう考えられる絶妙のタイミングで三人は玄関ドアを大きく開き、腕を広げてシャーロット・リーの訪問を歓迎した。




「ここは?子供部屋だったお部屋ね」

ロッティーが通されたのはかつて遊びに来た時に通された馴染みのある部屋だった。けれど、当時子供部屋として使われていた面影はもうどこにもない。明るいクリーム色だった壁は落ち着いたグリーンに塗り替えられ、マホガニーの腰壁で装飾が施されていた。窓にはどっしりとしたダークグリーンのビロードのカーテンがかけられている。

「ここはね、今はドナルドちゃんのスタディなのよ」

からかうようにノーラが言った。

「まあドナルド、本当に大きくなったのねえ!」

ロッティーに言われたドナルドは今度こそ顔を真っ赤に染めた。
あのチビ、と自分が言ったロッティー・リーは信じられない程綺麗な女性に成長していた。そう言われて思い出してみれば、確かに小さな頃も綺麗な子供だったのかもしれない。当時はその余りのセーラに対する甘えぶり、依存の仕方に、顔の美醜云々以前に、何だか割り切れないモヤモヤとした感情を抱くだけだった。

……セーラはあんなに苦労してたのに、おまえはただ甘ったれてただけじゃないか、とか何とか。

当時の自分の気持ちを今冷静に考えてみると、ロッティーと同じくらい、いやそれ以上に甘ったれた子供だった自分に対する苛立ちをロッティーにぶつけていただけなのかもしれない。

「………セーラがこの部屋が好きで………。うちに来るといつもこの部屋で話をしたがったんです。だから」

顔を上げてそう言うとロッティーと視線が合った。
その時ドナルドは、あの頃同じように子供過ぎた自分達に共通する何かを感じ取ったような気持ちになった。

「さあさあ、座って!お茶にしましょう」

茶器が運ばれて来ると、ジャネットが朗らかに言った。暖炉には赤々と火が熾され、そのままラグの上に寝そべって話し始めれば、10年以上の月日があっという間に無かった物のように感じられそうだった。
残念ながらセーラに関しては、ロッティーもカーマイケル一家も殆ど同じくらいの情報しか持っていなかったけれども、ロッティーはアーメンガードやベッキーとも音信があった。

「アーメンガード?まあまあ!お元気なの?」

カーマイケル家の面々にとって、セーラの出現はまさに突然頭の上に一等星が輝くような出来事であった。セーラは、その生い立ちも、苦労も、そしてずっと探していたのに実は隣に住んでいた、という見つけられ方もあまりにもドラマチックで、その上セーラ自身が持つエネルギーと意思の強さは彼らを圧倒した。
事実、これほど美しいロッティー・リーの子供時代がカーマイケル家の子供達の意識から殆ど抜け落ちていた事を考えると、アーメンガードの存在など無きに等しいと言っても過言ではなかった。

「ええ、お元気よ。アーメンガードはもうお母さんなの。そして、アーメンガードの娘の名前はセーラっていうのよ!」

けれど、ロッティーが誇らしげにそう言うと、ドナルドの書斎は歓声に包まれた。
最初の娘にセーラと名付けずにはいられない、あの愚鈍で実直な姿がみるみるうちに全員の瞼の裏に浮かんだ。

「アーメンガードは、きっといいお母さんなんでしょうね」

子供のいる家庭という物をそろそろ夢に描き始めたジャネットがうっとりと呟いた。

「ええ。ええ、そうなのよ。アーメンガードは本当にいいお母さんなの。私には……お母様がいなかったでしょう?だから、べビィ・セーラを見るといつも本当に羨ましくなるわ」

そう言いながらもロッティー悲しそうではなかった。いたずらっ子のように目をくるりと回すと「私が、『お母様がいない』って癇癪を起こしながら暴れまわった話、セーラから聞いてない?」と尋ねた。
それから彼らは、ロッティーが、アーメンガードが、他の生徒達が、セーラが生徒だった4年間の間にどれほど迷惑をかけ、どれ程助けて貰ったか、セーラが下働きになってからの2年間も、どれほど頼りにしていたかを泣いたり笑ったりしながら語り続けた。

「ああ、もうやめて!こんなに笑ったのは何年ぶりかしら!」

ついにジャネットが音を上げた。
ハンカチで目元を押さえながらまだ笑いの発作が止まらない。そして、彼らは一様に、かつてセーラを取り囲んで、その口から語られる様々な出来事に聞き入っていた日々を思い出していた。その上ロッティーは、セーラが決して口にしなかった他人の滑稽さや、セーラ自身が受けた酷い仕打ちまでも克明に説明するものだから、笑うのも泣くのも大忙しだった。

「ごめんなさい、ロッティー。私、少し休んでいいかしら。それから……今日は必ずお夕食もご一緒してね」

ハンカチで顔を扇ぎながらジャネットが立ち上がった。

「ノーラ、お夕食の事でちょっとお母様と相談をしましょう」

そう言って下の妹を促す。
ノーラは頷いて一緒に立ち上がった。

「ごめんなさい、ロッティー。ほんの1時間ほど、ドナルドじゃあお相手できないかもしれないけれど、私達お夕食の打ち合わせをして来るわ」

ノーラがそう言って部屋を出、そこにはドナルドとロッティーが残された。






「打ち合わせは必要ないのよね」

廊下を歩きながらノーラが言った。
大体において、来客の多いカーマイケル家では、突然夕食のメンバーが一人増えたぐらいで何かを考えなければならない事などあり得なかった。使用人たちも心得た物で、午後の来客と室内の盛り上がりようを一瞥しただけで、既に食器を一人分多く磨き始めているに違いない。

「モーニングルームに行きましょうか」

ジャネットがノーラを誘った。









家の東側に位置する部屋は、朝日が気持ちよく差し込むので「モーニング・ルーム」と呼ばれていた。冬の寒い時期、一家は揃ってそこで朝食を取る事が多かったが、午後の終わり、もう夕方近くにはその部屋には近付くものもいなかった。

「もうお茶はいらないわよ」

ノーラがいたずらっぽくそう言うと、ジャネットも微笑んだ。

「ねえ、ノーラ」

そのままジャネットが窓の外を見る。

「何?」

姉が何の話をするのか、大体の見当をつけながらノーラが言った。

「可哀想だけれど、セーラは無理よね」

ジャネットがそう言うと、やはりそれか、というようにノーラが首を振った。

「本人なりに努力している所がまた何ともね。………姉の私が言うのも何だけれど、ドナルドは本当にいい男に成長したと思うわ。だけどセーラはね………」

二人は顔を見合わせて同時にため息をつく。

「器が違いすぎるわ。ドナルドじゃあとても無理よ」

ジャネットもノーラも、押しなべてカーマイケル家の子供達は皆聡明な人間だった。幼い頃、まだその幼さゆえにセーラに6ペンスを恵んだ弟と、それを受け取ったセーラを見た姉達が、瞬時にあの子は乞食ではないと判断したのもその現われの一つだ。

「悪い子じゃないんだけど、まだまだ思慮に欠けるというか……」

「見ているとハラハラすると言うか……。あれじゃあセーラのお荷物になるだけだわ」

「私が男だったら、って思った事もあるのよ」

ジャネットがうふふ、と笑った。

「でも、私でもきっと役不足だわ。セーラにはとても釣り合わない」

「あの人は特別なのよ」

とノーラが言った。

「だからね、ドナルドには手を取り合って成長して行ける誰かが見つかればいいと思っていたの。ずっと。無駄にセーラに憧れているよりも、誰かと一緒に何かを目指して、例えばセーラが力を貸して欲しいという時が来たら、それに応えられる人間になれればいいなあ、って」

「なるほど、だからロッティーなのねえ。お姉さま、案外策士だったんだわ。驚いた」

ロッティーに偶然出会えた事は幸運だったとジャネットは思っていた。

「ロッティーはねえ……。驚くほど成長したわ。今日聞いて初めて知ったんだけれど、ダテに4歳からセーラが母親代わりしてたんじゃない、って感じ。あの人にとって、ミンチン女学院に入学してセーラに出合った事は恐ろしいほどの僥倖だったと私は思うわ」







「あ……ええと、ベッキー………は?」

二人きりで自室に残されたドナルドは、招いた側の良識として必死で会話を繋いだが、実はベッキーについては詳しく知らなかった。
けれどセーラがこの家に住む事になった最初の夜、一番最初に心を砕いていたのがそのベッキーという少女だった。
「例え一晩でも、彼女に辛い夜を過ごさせたくない」
そう言ったセーラの決然とした瞳は、今でも思い出せる。

「ベッキー?レベッカ・イングラム?」

その耳慣れない名前にドナルドが当惑したような表情をこぼす。それを見てロッティーが小さく笑った。

「アメリカに入国する時に、氏名を名乗るでしょう?その時にセーラが付けてくれたんですって。二人が新しい生活を始めたウエスト・ケンジントンの、ベッキーが一番好きな並木道の名前なのよ」

そうか、とドナルドは思った。
自分はセーラの事もベッキーの事も、本当に何も知らないのだと思い知らされるようだった。

「ベッキーはね、今では本当にセーラの片腕なのよ」

ロッティーはドナルドに体の向きを変えると熱心に話し始めた。

「ベッキーにとっては、アメリカに行った事が本当に良かったのかもしれない。自分と同じ貧しい境遇でも、学ぶ事を諦めない沢山の人と知り合って、セーラもそんなベッキーを応援してね」

ロッティーは、ベッキーから送られて来る手紙の文法が、どんどん正確になって行った様子を思い出していた。drived、growned、you wasと過去分詞も仮定法過去も間違えていたある意味微笑ましい、拙い文面がどんどん洗練されて行った。恐らくキャリスフォード氏とセーラが、ベッキーを学校へ通わせているのだろう、とロッティーは想像していたが、あまりにも慎ましいベッキーは、ロッティーに宛てた手紙にすら学校へ通っている、とは書いて来なかった。
ベッキーからの便りは、いつも「お嬢様が、お嬢様が、お嬢様が」。とにかくセーラ一辺倒だった。

「人には思いがけない才能があってね」

ロッティーは微笑んで続けた。

「どうもベッキーは数字にとても強いみたいよ。小さな頃から限られた予算で買い物を任されていたせいかしら……キャリスフォードさんもセーラも、今ではベッキーをそれは頼りにして、安心して会計を任せているらしいの」

そう、と呟いてドナルドはベッキーのかつての様子を思い描いた。
この家に招かれて、再びセーラのお付きのメイドとして働けるようになった彼女の生き生きとした姿は容易に思い出せたけれど、数字に強いと言われてもにわかにはピンと来ない。

「一番大事な事はね」

そんなドナルドを見てロッティーが言った。

「ベッキーは心から信頼できる人間だ、って事よ。セーラの境遇が変わった時に、周囲がどんなに変わっても、今だから言うけれど……セーラ本人があまりにも頑なになってしまった時も、うろたえずにずっと変わらなかったのはベッキーだけだわ」

そう言った時のロッティーの様子は、何故かロナルドには馴染み深い物だった。
半分賞賛を込めてロッティーを見たドナルドの視線を勘違いしたらしいロッティーは、慌てたように付け加えた。

「私はあの頃子供過ぎて、セーラの助けにはならなかったの。今でも時々それを悔やむ事があるわ。私にとってセーラはいつでもママだったけれど………ねえ、知ってる?私が癇癪を起こしていた4歳の頃、セーラだって、たった7歳だったのよ」

そう言うとロッティーは、軽く唇を噛んで下を向いてしまった。




自分ではもう充分大人になったと思っていたある夜、ドナルドは自分の書斎でセーラと語り合った事がある。「君はアーメンガードやロッティーを大事な友人だと言うけれど、彼女達はただ君に依存していただけなのではないか」と。
自分が君なしではいられないから危険を冒して屋根裏部屋まで昇って行ったり、何とか話をしようとしていたのではないか、そう続けるドナルドに、セーラは静かに首を振って答えた。

「誰かが必死に自分を必要としてくれるありがたさは、愛され続けて来たあなたには分からないわ」

そしてまたこう続けた。

「私達にとって、あの頃あの学院は世界の全てだったの。その創造主に逆らう事なんて普通は出来なかった。それでも全ての危険を承知で、ただ私の事を好きだと、その気持ちだけで私に会いに来てくれたあの二人の気持ちを、私は一生忘れないわ」

と。



「あー…うん、あの」

ドナルドはえへんと妙な咳払いをするとロッティーに向かって言った。

「セーラは、君の存在に本当に慰められていたよ。それは本当。君の………子供過ぎたと言うのなら、子供過ぎるセーラへの愛情は、確かにセーラに届いていたよ」

本当?と言うようにロッティーが視線を上げてドナルドを見た。
ドナルドは耳元を赤く染めながら更に続ける。

「それを言うなら……君、知ってる?僕はあろう事かセーラの事を物乞いの女の子と勘違いして、銀貨をあげた事があるんだ」

今にも泣き出しそうだったロッティーの表情が緩んだ。

「ほんとに!?それで、セーラはどうしたの!?まさか受け取ったりしなかったでしょうね!」

”You are so kind little darling thing.”

セーラからそう言われた事を話したらロッティーは笑うだろうか。
ドナルドはそう思った。

「良かったら庭を少し歩かない?もし興味があるのなら、僕も君にその話をしたいんだ」

姉の策略に嵌ったような気がしなくもない。
でも、それも悪くないかもしれない。

「良かったら、腕を貸してもいいかな」

椅子から立ち上がってそう言ったドナルドの腕に、ロッティーはそっと自分の腕を絡ませた。

「あなたは………ほんの少しセーラに似てるわ」

ロッティーの言葉に、そうありたいとずっと思っていたとドナルドは答えようとした。けれど、口から出たのは違う言葉だった。

「君が側にいてくれると、僕はもっとそういう人間になれるような気がする」

ロッティーは静かに微笑むと小さく首を傾げ、ドナルドに誘われるままに初秋の庭へと降り立って行った。













テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

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