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すれ違う思い・後編








固い椅子に向き合って座っている間中、セフィロスは腕を組んで頭を軽く落としたまま微動だにしなかった。
お互い無言のまま果てしなく続くように思える長い時間が過ぎ、客車の震動が坐骨に鈍い痛みをもたらすようになった頃、エアリスは同時に空腹も覚えた。



たった一日だけの自由な時間は、指定された時刻に指定された駅へ向かい、チケットに表示された座席に着いた所から始まった。



それから既に三時間は過ぎている。
そっと向かいに座るセフィロスの様子を伺うけれど、この長く、冗漫な汽車の旅は彼には何の苦痛ももたらさないようだった。

その時エアリスの胃がぐうと軽い音を立てて、そのささやかな音に驚いたようにセフィロスが顔を上げた。

「な・・・・・・何よ。」

怪訝そうに自分を見詰めるセフィロスの視線に気まずい思いを抱き、そう言えばこうやってセフィロスとしっかり目を合わせるのは本当に久し振りだな、とエアリスは思った。

しばらく躊躇った後にセフィロスが口を開いた。

「すまない。自分が長距離移送に慣れているので気が回らなかった。生憎何も用意して来ていないんだ。汽車が着くまであと二時間はかかるだろう。それまで・・・我慢できるだろうか。」

……セフィロスがお弁当持って来るだろうなんて、私だって思ってないよ。

自分の空腹を悟られたと思った時には頬が熱くなるような思いもしたが、それにしても自分の食事に気を回すセフィロスが想像出来なくて、エアリスはつい吹き出しそうになった。
この人は案外仕事中もこうなんだろう、と思う。
気を回す割には手配が出来ない。
いつもいつも後で気が付いて、その度に何のてらいもなくこうやって謝罪の言葉を口にするのだろう。


「あなたに謝られると……恐縮しちゃう。」

そう言ってエアリスはくすりと笑った。





「・・・・・・久し振りだな。」

「何が?」

軽く問われて問い返す。

「君が…笑っている所を見るのが。」

そういえば細菌は目を合わせるどころか笑い合う事もなかったな、と思いながらもセフィロスの表情が思いのほか明るかったので、エアリスも調子を合わせた。

「あなたが笑うとこだって。私、殆ど見た事ないけど。」

「そうか?これでも笑っているつもりなんだが。」

何だか困っているようなセフィロスが面白くて、そうだ、とばかりにエアリスは何でもない事のように続けた。

「ねえ。」

「何だ。」

「あの花。セフィロス、だよね?」

セフィロスの視線が一瞬ゆらいで、空気の流れが止まったようだった。エアリスもそれを感じながら気が付かないふりをしてさり気なく続ける。

「何で、花なんか届けるの?」


いつも、あの忌まわしい実験の後に。


エアリスが呑み込んだ言葉は確かにセフィロスに伝わっていた。

「それは君に………」

「私に、何?」

今度はエアリスが問う番だった。

「君に嫌われたくないからだ。」








息を一つ吐いた後、セフィロスがあまりにもあっさりとそう言ったので、エアリスの眉間が微かに寄った。

「じゃあ、何で。」

嫌われるような事をしているのだと、自分でも思うようなあの実験に協力し続けるのか、とエアリスは尋ねたかった。
だが、曖昧な問いかけはセフィロスには伝わらなかった。

「どうして花なのか、と?」

そう尋ねているのかと真っ直ぐに問い返されてエアリスはたじろいだ。

「そうじゃなくって。あの……。だから……」

「だから?」

「どうしてあんな実験に協力してるのか、って事!あんな事しなければ後で気に病む必要もないでしょ?」

ああ、と言ったきりセフィロスは口を噤んでしまった。




窓枠に肘を突いて、軽く握った拳に顎を乗せてセフィロスが漸く口を開いたのは、それから30分も経った頃だっただろうか。

「それももう今日で終わりだ。オレが……君を逃がしてやる。」

「逃がす?どういう事?」

勢い込んで尋ねるエアリスにもうセフィロスが答えることはなかった。

「今日は一日中移動する事になる。休める時に休んでおけ。」

そう言ったきり目を瞑るとそれきり口を閉ざしたセフィロスは、エアリスのどんな声にも耳を傾ける事はなかった。






客車を引いていた機関車は、途中重連され更に山の中へと進んで行った。
身体が強張り、空腹だった事よりも節々の痛みが耐え切れなくなった頃、漸くエアリスは立ち上がってその客車から降りる事が出来た。


「……何にもない。」


駅前の閑散とした光景に、呆然としたようにエアリスが呟いた。
その言葉を聞きとがめるようにセフィロスが、最後の言葉から漸く2時間後に口を開いた。

「軍事施設だからな。一般客がここで降りる事はまずない。それじゃあ行こうか。」

食事を供するどころか、売店の一つもない駅舎の中をセフィロスは靴音を響かせてどんどん進んで行った。

「…ちょっと待ってよ!ねえ!」

エアリスは必死にセフィロスに追いつくと腕を取って言った。

「まだ…先に進むんでしょ?何か買わなくていいの?」

辺りの風景を見ていたのだからまさか豪華なレストランがあるなどとは考えなかったが、それにしても飲み物一つ買って行かないのはあんまりだ。
余りにも必死の形相だったせいか、掴まれた自分の腕を見下ろしながらセフィロスが微かに笑った。

「心配しなくてもいい。この先にツォンが手配した車が置いてある筈だ。この辺りで何も買えない事も彼は了解している。多分手配済みだ、と思う。」

そう言いながらも歩を止めないセフィロスの言葉を聞いて、エアリスもほんの少し気持ちが軽くなったが、その歩の先に見えたジープを見て、急にその中に手配されているという食料に対する疑念が浮かんだ。

「あれ……?に乗るの?」

「そうだ。輸送車か装甲車を手配されるかと思っていたが。あれでツォンも優しい所がある。」

どこが!

と思ったエアリスの眉は、格納されていた食料の束を見てさらに顰められた。

「これ何。」

「乾パンだろう。」

「これは?」

「フリーズドライの野菜だ。水をかければ食べられる。」

「じゃあこれは!?」

「豆を蒸して絞って固めて・・・・それを干した物・・・だったかな。その気になればそのまま食べられる。」

「これを!?そのまま?・・・・・・・信じられない。」

固い黄色い塊に軽く歯を当ててみたエアリスを見て、ついにセフィロスが爆笑した。

「ああ!ツォンが今の君を見たらさぞかし面白がるだろう!」

ハンドルを叩かんばかりに笑っているセフィロスを見て、エアリスは呆気に取られた。

「ツォン?どうしてツォンが出て来るの?どういう事?」

「ツォンにはオレが考えていることが判っていたんだ。だから、せめてもの嫌味に乗り心地の悪い座席を予約し、オンボロの車、それに兵隊でも食べないような酷い糧食を用意したんだろう。ツォンの・・・・・オレへの意趣返しだ。」

「……全然判らない。」

セフィロスはハンドルをしっかり握りなおすとアクセルを踏んだ。

「これからヘリポートへ向かう。神羅のトップシークレットだ。多分ツォンは、オレが成功するとは思っていないだろう。だがそこからオレは……君を逃がしてやれると思う。」






そこからの道程は列車よりも更に過酷な物だった。
サスペンションがいかれたような車体に、お世辞にも乗り心地がよいとは言えないシート、さらにでこぼこ道が加わって、エアリスは途中何度も顔を顰めた。

「食事をしないのか。」

ふと気付いたように、セフィロスが前を向いたまま尋ねた。

「……兵隊だって食べないような物だ、って言ったくせに。」

そう言われて口にするのも何だか癪にさわって、エアリスは意地になったように何一つ口にしないでいた。

「兵隊でも食べないような物かもしれないが……」

オレはそれでも平気なんだ、とセフィロスが何だか照れたように言った。







太陽が地平線すれすれに傾きかけた頃、二人は漸く山の中のヘリポートに到着した。
ジープのブレーキ音を聞いて格納庫から走って来たのは、キャップの下から短い金髪が覗く小柄な女性だった。

「主任から指示されてお待ちしておりました。パイロット、させて頂きます。」

手短に言って軽く頭を下げたその女性は、顔を上げた時に何故か一瞬エアリスの顔を眩しそうに見詰めた。

手際よくエンジンをかけるとローターが回転を始めた。

「ヘリのいい所、どんなトコか知ってます?」

爆音に負けまいと大声を張り上げてエアリスに問う。

「え?」

エアリスも負けじと大声を出すが、それが相手に届いているのかどうかも定かではない。

「滑走路が要らない事!それから、空中で止まっていられるって事っす!」

愉快そうに言うと、ヘリコプターは中空にふわりと舞い上がった。








「・・・・・・・滑走路が要らないから、山の中で飛び立てる、って事、だよね。」

滑らかに上昇するヘリコプターの中で、暫く思案していたエアリスが呟いた。

「じゃあ……空中で止まっていられる事、って何?それが何か……私達と関係、あるの?」

恐る恐る尋ねるとセフィロスが人の悪そうな笑い方をした。

「……あるの?」

重ねて問う。

「……空中で止まっていられればそこから降りる事が出来るだろう?」

エアリスの頬から血の気が引いた。









「ボーダー越えます!」

機内にイリーナの声が響いた。
満足な座席すら用意されていないような輸送用のヘリの中で、強張る膝を抱えて座っていたエアリスが顔を上げた。

「……ボーダー?何?それ。」

先刻から一心に窓の外を眺めていたセフィロスが振り向いた。

「君に見せたかった。」

だから何、と言いかけてエアリスは言葉に詰まった。
まるで子供のように屈託なく笑うセフィロスを見るのは初めてだった。

「どうして…・・・そんなに嬉しそうなの?ボーダーって何?何が見えるの?」

差し出した手の平を軽く内側に曲げて、セフィロスがエアリスを窓際に誘った。

「島が見えるだろう?」

「う……ん。」

「あの島は地図には載っていないんだ。島の海岸線に沿って走る海上のラインが通称『ボーダー』。神羅が……唯一手をつけられないでいる場所だ。」

セフィロスが腕を伸ばして、海岸線に沿う線をなぞるように動かした。

「神羅は世界の全てではない。それを君に見せたかったんだ。」

エアリスが不思議そうに顔を上げた。

「あそこは多分、君に近い島だ。」














「……何をしているんだ、お前は。」

キーボードに入り込んだコーヒーの雫を、先の細い綿棒で何とかして吸い取れないだろうかと悪戦苦闘中のツォンの頭の上から声が降って来た。

ボードを横から眺め、一番手強そうな辺りに狙いをつけていたツォンは弾かれたように立ち上がった。

「何だ。副社長ですか。」

「……ご挨拶だな。誰だと思ったんだ。」

ツォンは、指の間に挟んだままの綿棒をくるくると回しながら見詰めた。

「いえ……別に。」

「それともあれか?デートのお膳立てをしたお前がお迎え役でも買って出ていて……そろそろお帰りの時間だから気になっている、とか。」

ツォンとルーファウスは二人共々腕時計にちらりと視線を走らせた。

「今日は……戻らないかもしれませんね。」

軽く溜め息をついてツォンがネクタイを緩める。



今日どころか……一生戻って来ないかもしれませんよ……



何となく意地の悪い気持ちになってそう言いかけて、そして止める。

「それは服務違反だろう。戻って来た時の処分を考えれば……セフィロスがそんなバカな真似を…・・・」

そこまで言って何かに気付いたようにルーファウスがツォンを睨んだ。

「どこへ行ったんだ、あいつらは。」

二人のために用意した輸送機も、車もスタッフも、それからあらゆるチケットも、データは全てコンピューターに管理され残っている。いつまでも行き先を突き止められないでいられるとはセフィロスも思っていないだろう。

突き止められても平気なんだろう。
どうせあそこには誰も……





「『地図にはない島』ですよ。」

ツォンの指がキーを一つ押しただけで、パソコンの画面に地図が表示された。

「……神羅が決して上陸出来ない島。あそこへ降りられたのは今までにセフィロスただ一人、でしたよね。」

「お前……判っていて手配したのか?もしあの二人が戻って来なかったら……私でもお前をかばい切れないぞ!?それとも……失敗に終わって戻って来る確証でもあるのか?」

ルーファウスの顔色が変わっていた。
二人がこれからどうするかよりも先に自分の身を案じてくれるのか、と思うと、この若社長もまだまだだと思い、ひょっとするとその成長を見届ける事が出来なくなるかもしれないのは残念だ、とツォンは思った。

「まあ……それでもいいと思ったんですよ。セフィロスが命を張ってエアリスを逃がしてやりたいと思っているのなら、俺一人くらいはセフィロスの成功を信じて……。そうですね、二人が戻って来なかったら処分される覚悟でいてやっても。」

迎えに行く手筈は整っている。
今までと同じ、何十メートル、否100メートル近くはあるだろう鉄の縄梯子をヘリコプターから降ろすのだ。
普通の人間ならば弧を描くその梯子は触れただけで命を奪う凶器となろう。逆巻く暴風の中で大きく揺れる鉄刃を命綱になど出来る男はセフィロスだけだ。

「一応は帰還予定ですよ。……指定された時間に指定された場所に彼らが、居さえすればね」

大きく息を吸って怒鳴ろうとしたルーファウスは、開きかけた口を閉じ唇を噛むといきなりツォンのパソコンのキーボードをむしり取って床に叩き付けた。

「勝手にしろ!ボクは知らないからな!」

「……子供のカンシャクですか。」

千切れたワイヤーの先を摘み上げ、懐かしいルーファウスの「ボク」という声を、処分されるその日まで覚えておこうと思いながらツォンが呟いた。










ヘリコプターはゆっくりと旋回しながら島へと近付いていった。

「真っ直ぐには進めないんだ。乱気流が巻いていて進路を誤ると引きずり込まれる。これまでに何回もパイロットが失敗して漸く上陸地点へ辿り着けるようになった。だがそれでも……」

セフィロスがヘリコプターのドアをスライドさせた。
疾風が機内に渦巻いて弾き飛ばされそうになり、エアリスは片腕を上げて顔を覆った。

開け放たれたドアの前に片膝を着き、右腕でバーを掴み左手を床に着いてセフィロスが下を覗き込んだ。

「危ない!やめて!!」

セフィロスの髪が下から吹き上がる風で流れ、ほんの少しでも気を抜くとそのまま浮き上がって外に放り出されそうだった。
エアリスは、自分も飛ばされそうな風の中でセフィロスに何とかして近付こうとした。

それでも遥か下界を見下ろすセフィロスの横顔は確かに微笑んでいた。



「島の上空2メートルから50メートル付近までには風のベルトがあってどうしても近付けない。だから……飛び降りるしかないんだ。」

「だから……ヘリなの?」

両膝を着いてにじり寄るように身体を動かしながらエアリスが尋ねた。

「もっと重い機体でも着陸は出来ない。そもそも飛行機が降りられる滑走路になる場所がない。そして例え船で近付いたとしても海流と荒波で接岸出来ない。人工の港もない。これが、唯一の方法だ。」

これ……というのはつまりこの高さから飛び降りるという事なのだろう、とエアリスは思った。

「あの……気持ちは嬉しいんだけど、それで……降りた後はどうするの?どうやって帰るの?」

「帰らない。」

セフィロスがきっぱりと言った。

「君はもう帰らなくていい。君はもう……君の心が潰れるような実験を繰り返さなくていい。」






心潰れるような……と、セフィロスはもう一度自分に言い聞かせるように呟いた。
地上を見下ろしていた時の微笑みはもうその表情にはなかった。

「だって……だってじゃあ、どうして?どうして今まで……」

自分が辛い思いをしていると知っていて、どうして同じ事を繰り返して来たのかとエアリスは問いかけた。

「神羅が近付けないという事は、他の誰も近付けない場所だ。だから……ここに上陸する機会は本当に少なかった。侵略も防衛の必要もなかったからミッションもない。
長い時間をかけて……もうずっと長い間、少しずつ。いつか君を逃がせるよう準備をして来た。
最初は……子供の夢物語だったんだ。ひょっとしたら、いつかオレと君の二人で誰も追いつけないどこかへ行けるかもしれない、と。
夢のために夢見ていたんだ。」

セフィロスがエアリスの腕を取った。

「掴まれ。大丈夫だから。」

両腕を掴んで自分の肩に回させる。
そのまま右腕でエアリスの腰を支えると、一度彼女の目を覗き込んだ。

「力を抜いて。何も心配する事はない。」

何の心の準備も出来ないまま、今まさにセフィロスが飛び降りようとしているのだと悟ったエアリスは、セフィロスの腕の中でもがいた。

「無理だよ!やめてよ!私のためだったらやめて!二人分の体重抱えて飛んだ事なんてないんでしょ!?怪我するよ!セフィロス!」

最早セフィロスはエアリスを見てはいなかった。


「君の心が砕けて行くのを見続けているくらいなら……オレの足が砕けたほうがましだ。」


操縦桿を握っていたイリーナがちらりと二人に顔を向けた。それから自分の表情にほんの少しの傷ましさが混ざっている事に気付いたようにすぐにまた視線を戻す。
聞こえるはずのない、セフィロスの足が床を蹴る音が自分の耳に届いたような気がした。








冷静に考えればほんの数秒だったに違いない。
けれどエアリスは、セフィロスの腕の中で随分と長い間耳を切る風の音を聞いていたような気がする。
最初は猛スピードで降下し、そのまま地面に叩きつけられるのだと覚悟したのに、エアリスを抱えた体はふわりと地表に降り立った。

「……どうやって?」

すとんと体を地面の上に立たせられると、まだ足がガクガクして自分では立っている事が出来なかった。

「重力を制動した。君を安全に降ろせるようになるまでに、随分時間がかかってしまった。すまない。」

「……練習、してたの?」

足が地面を踏み締める感触を確かめながら、腕を解いてエアリスが言った。

「そうだ。漸く出来るようになったかと思っても……久し振りに会う君はいつもオレの記憶の中の君よりも大きくなっていて……」

エアリスがぷっと吹き出した。

「大きく、重くなってた、って?」

「記憶の中の君よりもどんどん綺麗になっていた。」

今度は顔が赤くなる番だった。

「じゃ…じゃあ、見せてよ。ずっと作ってたセフィロスの夢の場所。どこにあるの?」

照れ臭さを誤魔化すようにわざとぶっきら棒に言って、エアリスは方角も判らないままに歩き始めた。

「ねえ、ここ誰も住んでないの?」

エアリスが進む方向に逆らいもせず後ろから着いて来るセフィロスを振り返って尋ねる。

「人が住んでいる形跡はない。だが、文明の跡が残っている。壁や、石に刻まれた古文書をいくつか研究所に運んだ。そうしたら一つ面白い物があったらしくて……」

つ、とセフィロスが先に立って歩き始めた。
枯れ木や落ち葉を踏み締め、繁る葉を掻き分けて更に進むと、そこには小さな神殿があった。

「神殿の中に泉がある。古文書には『星の声を聞く選ばれた者を運ぶ』と書かれていたらしい。オレは調査を命じられたが……水に触れても何も起こらなかった。だが君なら…・・・きっと奇跡を起こせると思う。
君には星の声が聞こえるのだと、ツォンから聞いた事がある。」

セフィロスの言葉にエアリスは軽く眉を顰めた。

神殿の中はきちんと片付いて、隅に小さな荷物が纏められていた。
エアリスの視線に気付いたようにセフィロスが言った。

「どこへ行ったとしても、当分の間は困らないようにと少しずつ揃えて来た。すぐに換金出来そうな物もいくつか入っている。君一人でも暫くは困らないだろう。」

「一人で、って。何?それ。」

「オレには無理だった、と言っただろう。」

セフィロスが淡々と答えた。

「何それ。そんなおとぎ話信じてるの?セフィロスがダメだったなら私だってダメだよ。私にそんな力なんて、ないよ。あなたがどこへも行けなかった泉に触れたって、私だってどこへも行けやしない。水に濡れるだけだってば!」

「おとぎ話だと思うのなら試してみればいい。だから言っただろう、これはオレの夢なんだ、って。夢なら……叶わなくたっていいじゃないか。」

その時エアリスを支配していたのは、ひょっとしたら自分はこの泉をくぐってどこかへ行ってしまうかもしれない、という恐怖だった。
間違いなくその能力が備わっていると思っているセフィロスの思い込みが、確実に自分を飛ばせてしまいそうで怖かった。

「だって……だってそんな事して……もしあなたが一人で残ったら、あなたはどうなるの!?」

やっぱりダメだった、と笑い合えるのならそれでもいい。
けれど自分一人が旅立ってセフィロスをここに残しておくことは絶対にできないとエアリスは思った。

「神羅に……殺されるよ?」

「さあな。」

セフィロスがふんと笑った。

「まずここに来るまでが一苦労だろうが。」

だってそれは、とエアリスは思う。
確かにこの島に神羅は本気で手を出してはいなかった。けれどそれは一般の人間には近寄れなかったからだ。自分達がここから動かないとなればどんな手を使ってでも上陸しようとするだろう。一度その気になればどんな事でもするだろう。

「きっと…すぐだよ。」

「だから残るんだ。」

え?とエアリスが顔を上げる。

「君と一緒に逃げようと思っていた夢は、オレが大人になって現実を知るにつれて段々と形を変えて行った。今のオレは君を抱えて跳ぶ事は出来るけれど、その代わりに二人で逃げ続ける夢は失ってしまった。」

「どうして!?一緒に試してみようよ!もし私に何か出来るのなら、一緒ならきっと大丈夫だよ!」

「もしそうだとしても!」

セフィロスが叫んだ。

「君の言う通りだ。きっとすぐに神羅が来る。今までとは目的が違う。どのくらいの時間が残されているのかオレにも判らない。君を安全に逃がすためには、オレがここに残って誰一人として君の後を追えないようにするのが一番なんだ。」

「ここに……残る?……一人で?」

セフィロスが頷いた。

「オレは誰一人としてここから先へは通さない。誰にも君を追わせない。何があっても君を守る。」








ふいに手を伸ばしたセフィロスがエアリスを抱きすくめると、その唇に長い口付けを落とした。
息が出来ない程の荒々しさに驚いてエアリスが目を見張ると、そこには狂おしいほどの激情で自分を見詰める二つの瞳があった。

「行け。」

突き飛ばすようにしてエアリスの身体を押すと、セフィロスはそのまま背を向けて神殿から出て行った。









エアリスはその場にくず折れるようにぺたんと両膝を着いた。
目の前にある自由への賭けと、一人でここに残ると言ったセフィロスの思いと、セフィロスと一緒に神羅から自由になれるのだと一瞬でも思ってしまった時の高揚した気持ちがない交ぜになって、自分でも整理がつかなかった。



私は、セフィロスと一緒に逃げたかったんだろうか。
何もかも捨てて。
母さんにも何も言わずにこのまま消えてしまっても、それでもいいと思っていたんだろうか。



エアリスは軽く首を振った。

ふと顔を上げると、その質素な神殿の作りが目に入って来た。
ここは自分にとても近い島だ、そうセフィロスが言っていた事を思い出す。そう思って辺りをぐるりと見渡すと、初めて見るはずのその設えが不思議なほどに心地良かった。

「……あったかいな、ここ。」

そう口に出すと、何だか悲しかった。
セフィロスはこの場所に何度も来て、その度に何を考えたのだろうか。
誰かをどこかへ運ぶという泉に手を浸してみた時に、何を思ったのだろうか。
そこから自分を連れてどこか誰も知らない場所へ行けるかもしれないと、期待に胸を躍らせたのだろうか。

「バカだなあ……。どうせならダメ元で一緒に行ってみよう、って言えばいいのに。」

セフィロスがどれ程自分を大切に考えていてくれたのかが初めて判ったような気がした。そしてそれに気付かせてくれたのはこの場所の不思議な空気のせいだ、とエアリスは思った。



だめだ。
例え逃げてもあの人は救われない。
私達は幸せになんかなれない。


神経と感覚がどんどん研ぎ澄まされ、やがて何もかもがごくシンプルに考えられるようになって来る。
たくさんの声が自分の中に染み込んでいく感じにエアリスは身を委ねた。




どれくらいそうしていたのだろうか。
身体が強張って足の感覚がなかった。
温かい場所だと思っていたのに、やはりかじかんだ手に息を吹きかけた時、エアリスの耳の中で水音が響いた。

最初から聞こえていたはずなのに、何故か初めて誘うように聞こえた音に、エアリスは立ち上がって水音がする方向へと歩き出した。
















外に出るともう真っ暗だった。
星も灯りもない闇の中で、膝を抱えて座るセフィロスが見えた。
エアリスが踏んだ小枝がぱきんという軽い音を立てて折れる。

「もう、とっくに行ってしまったかと思った。」

顔を上げず、エアリスも見ずにセフィロスが言う。

「だめだったのか?」

ううん、と首を振ってエアリスが言った。

「試さなかった。」

驚いたようにセフィロスが顔を上げて「どうして……」と呟く。

「セフィロス一人残して、行けないよ。」






小さな泉を前にした時に、またあの言葉が降りて来た。
かつてない程鮮明にエアリスの頭の中にそれは響いた。
あの、寂しい寂しいと謳い続ける、群れから離れた一際大きな緑色の星は、泉の前に手をついて覗き込んだエアリスの瞳の中に水を通して映った。

ああやっぱり、あなたの声がずっと私に聞こえていたんだね。

誰か助けて、ともうずっと長い間ささやき続けていた星の声がセフィロスの心だと泉は教えてくれた。だからエアリスは感謝しつつもそこに手を浸すことはなかった。


「ここは……やっぱり私にとても近い場所だったみたい。いつもよりずっと星の声がよく聞こえた。だから……帰って来たの。」

「何故だ。君は……。」

そこまで言ってから後は吐き出すように「オレを愛してはいないのに」とセフィロスは続けた。

膝を抱えたまま、エアリスが前を向いて言った。

「まだ……よく判らない。だけど、あなたの事とても大事だと思う。逃げるのなら、一緒に行きたい、って思う。それだけじゃ、ダメ?」

前を向いたまま、セフィロスは口を開かなかった。

「ここに連れて来てくれて嬉しかった。私を逃がそうとしてくれて嬉しかった。あなたがしてくれた事全部、嬉しかった。だから私もあなたを幸せにしてあげたいって思う。それじゃあ、ダメなの?」

長い沈黙の後、一度天を仰いだセフィロスは、息を吐くようにして言った。






「もしもいつか……いつかオレが神羅を後にして、どこかへ旅立つ時が来たら………その時君を迎えに行ってもいいだろうか。」


「一緒ならいいよ。一人で残るなんてダメだけどね。」

エアリスが笑った。




それから僅か数年後にセフィロスの運命は大きく変わる。
そして、セフィロスが差し出す手を拒む事になると、その時のエアリスには知る由もなかった。





「君は『星の声を聞く選ばれし者』で、オレは見捨てられたただの人の子だ。」

「………そんな事ないよ。私もあなたも、そんなんじゃないよ。そんなふうに考えるの、やめようよ。」

エアリスは、セフィロスの隣に腰を降ろした。

「それでも君を愛してるんだ………」

「………うん。」

セフィロスの頭がエアリスの肩の上にことんと載せられた。

「君を……愛している。」

「うん。」

肩の上がじんわりと暖かくて、エアリスは初めてセフィロスの体温を感じたような気がした。


それとも、セフィロスの瞼が熱いのか……。


「今までも……これからもずっと。」

「……判ってる。」




判ってるよ、セフィロス。




エアリスの腕が持ち上がって、セフィロスの背中をそっと包んだ。





雪が降って来た。


「寒くない?セフィロス。」

エアリスの右手が、冷え切ったセフィロスの肩当てに積もり始める雪をそっと払った。

「………寒く、ない?」






微かに腕の中の頭が動いた。

「どっち?わからないよ。」

エアリスが笑った。






「とても……暖かい。」







何だか、泣きそうに暖かいとセフィロスは思った。






もうすぐ。
ツォンが夜を徹してここまでやって来て、再びヘリコプターで迎えに来るだろう。
渋い表情で梯子を下ろして、自分達はそれに掴まってまた檻の中に戻される。
失敗したのかと目で問われたらそうだと答える。



それまでの後ほんの数時間、ここでこうしていよう、とセフィロスは思った。






















         

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