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MOTHERHOOD




母を閉じ込めていた器はセフィロスの目にはまるで棺のように映った。
そして母だと思うその姿を初めて目の当たりにしたセフィロスは一瞬息を呑んだ。

母、ジェノヴァはエアリスに生き写しだった。



神羅屋敷で目にした資料は、自分が人類に駆逐されてしまった古代種の末裔なのだと告げていた。この母がエアリスにそっくりである事は、セフィロスの確信を更に強めた。やはり自分達は同じ種に属する同胞だったのだ、と思う。だからこそどこか似た姿形だったのだろうと。
顔を上げ、もし、エアリスの人型をそのまま青銅の鋳物で作り上げたらこんな姿になるのではないか、と薬液に満たされたカプセルの上からそっと母の顔の辺りに手を添える。
けれど今、許された時間は少ない。この彼らにとって有用な存在を一刻も早くその手から遠ざけなければならない。

「………母さん」

母を呼ぶ声が自然と口をついて出た。
母親を何と呼ぶのか教えて貰った事も誰かをそう呼んだ事もない。けれど今目の前にいるこの冷たい、笑わない存在は、紛れもなく自分の愛する母親だった。
有用な物、などではない。

「母さん、今ここから出すから」

自分の生まれて初めての声や、生まれて初めての微笑や、そんな物を何一つ見せられなかった自分は親不孝だった。今からそれを一つずつ取り戻すのだ。セフィロスはそう思ってもう一度母を見上げ「母さん」と呟いた。






「セフィロス、我が子よ」


突然頭の中に声が響いて、セフィロスは束の間動きを止めた。目を上げて母を見てもそこには何の動きもない。少し掠れたような低く、甘い声は直接セフィロスの意識に届いていた。

「………母さん……?」

考えるだけでよい、お前の言葉は私に伝わる、と再び声が響く。

「いい子だ。本当にいい子だ。お前が来た事はすぐに分かった。私の中に再び力が満ちていく事でそれを知った。さあ、私を自由に、今度こそこの星を私の物にするために」

母の誘いにセフィロスが正宗を構えた。
決して傷つけないよう、そして断たれたカプセルの破片がその体にかすりもしないようにと間合いを計り、音も立てずに一瞬のうちに白刃を閃かせる。

「…………母さん?」

みるみるうちに彫像のようだった形がおぼろげになり、発光しながら姿をゆらめかせた。

「心配しなくてもいい。今までが仮の姿だったのだから」

母の答えにセフィロスの胸がざわついた。
目の前に漸く現れた母は、頼りなげな浮遊体のように自分にまとわり付く。

「気に入らない?そうかい」

くくくっ、と喉を震わせるように笑うと、緑色の発光体だった何かが人型を取り始めた。

「お前の姿とて、それが本来の姿ではない」

どこか面白がっているかのような口調でそう言うと、発光体は徐々に固まり、人が本来持つ色調に戻っていく。そして、再生された体を確かめるようにあちこちが動き始めた。
セフィロスに向かって、その動き始めた腕を差し伸べ、ジェノヴァが囁いた。

「だが、お前がこの姿の方が落ち着くというのなら、しばらくはこうしていよう」

下等な物にお前を任せたせいで、少々叙情的に育ってしまったようだ、そう言ってジェノヴァはもう一度喉ひこを震わせて笑った。

目の前に現れた女性は、エアリスにとてもよく似ていて、そしてセフィロスにもとてもよく似ていた。

「私とお前はとてもよく似ている」

ジェノヴァが静かに言った。
そして、エアリスにも、とセフィロスが思った時、ジェノヴァが唇を歪めるような笑顔を見せた。

「この姿がずいぶんと気に入っているようだね。私によく似た娘にはもう出会ったのか?」

母の言葉がエアリスを指しているのだとすぐに分かった。それならば、やはり彼女も連れ出し共に逃げよう、とセフィロスが口を開きかけるとジェノヴァがその言葉を遮る。

「あの娘はいつ殺してくれるんだい?」



まるで、いつこの母に紹介してくれるのか、と言わんばかりの気安さでジェノヴァが口にする。

「…………母さん?」

「さあ、行こう。ここに留まっている時間はない」

自分に向かって手を伸ばす母の姿が、いつもそうやって自分を受け入れてくれていた姿と重なる。
セフィロスはその手を取って母と共に走り始めた。
母の手は自分と同じくらい、否、それ以上に冷たかった。






神羅の手から逃れ、落ち着ける場所に辿り着けるまでセフィロスの中にはいくつもの疑念が湧き起こっていた。自分とエアリスが似ていたのはエアリスと母が似ていたからだ、それは間違いない。けれど、母はこの姿は本来の姿ではないと言っていた。そして、エアリスをいつ殺してくれるのか、と………

「セフィロス」

ふいに母に呼ばれ、セフィロスははっと顔を上げた。

「少し休もう。人型を保って動き続けるにはまだ力が足りない」

そうジェノヴァが言ったのは二人が深い森の中に入った時だった。母の言う通り、身を潜められそうな場所を探すと、そこでジェノヴァは再び緑色の発光体に戻った。

「綺麗だ、母さん」

セフィロスは自分の周りをふわふわと漂う発光体を手の平で愛しむように受けてそう呟いた。

「これが母さんの本当の姿?」

それなら自分も同じ姿に変わることが出来るのだろうか、とセフィロスは思う。

「本当と言えば本当、嘘と言えば嘘」

姿のように頼りない言葉が返って来る。

「その昔…………私がこの星に初めて辿り着いた時に」

光の珠がぷかぷかと浮かびながらセフィロスに語り始める。

「私がこの星にとっての災厄だといち早く気付いた厄介な一族がいてね」

一瞬、光が凶暴にきらめく。

「その一族がこの星を支配していた。頂点にはいかがわしいまじない師のような小娘がいて」

その時セフィロスは、全ての光が集まって何か恐ろしい姿を取ったような気がした。けれど目を凝らしてもそこにはもうただの光しかない。

「不愉快な力を持っていたのさ。私の力を全て打ち消してしまいそうな、ね。そのために私はあの時この星を侵食する事ができなかった。だからちょっとしたいたずらをした」

セフィロスが黙っていると、ジェノヴァは歌うような調子で続けた。

「長い時間をかけるしかなかった。だったらまずはこの星の生命体に同化しなくてはならない。その姿形がこの星の環境に一番適応している物だとしたら、その一族の姿をコピーするのが一番の早道だとは思わないかい?」

「まじない師の小娘……?」

数千年前に母が出合ったと言う少女に不思議な既視感を覚えてセフィロスが聞き返す。

「そう。その娘の遺伝情報を盗み取ってやった。あやつらに取って代わってこの私がこの星を支配するために。そして同時に相手の遺伝子をほんの少し書き換えてやったのよ」

こうやって、と言うなりジェノヴァは目に見えない程の塵に姿を変え、やがて完全に姿を消した。同時にセフィロスは自分の体内に何かが侵入してくる痛みのような恐怖を味わった。

怖いかえ?


母の声はもう自分の中から聞こえて来るようになっていた。

こうやって小さな小さな塩基となって、私はやつらの遺伝子をほんの少しずつ脆弱に、傷つき易く書き換えて行った。


「ほんの少しずつ…?それはどうして」


一度に根絶やしにしてしまってはつまらないだろう。

頭の中の母の声が笑い声を上げた。
その、ほがらかとはとても言えない音色はセフィロスの聴覚にほんの一瞬だけ不快な思いを抱かせたけれど、徐々にその音がとてつもなく甘美に、穏やかに響いてくるようになる。

もっと笑って欲しい、とセフィロスは思った。
自分が聞きなれていた笑い声は随分違った。違って、そしてそれが心地よいと思っていた自分が信じられないような気さえしてくる。





何しろ私はこの星で眠りについていなければならなかった。次に機会を得て目覚める時までどれほどの時間があるか見当もつかなかった。こうして半分眠ったような状態で何の娯楽もなく、何百年、何千年とは過ごせない。ああ………それはそれは愉快だった。あの一族がある時は迫害され、またある時は疫病や飢饉に見舞われ、そして私が操作した遺伝情報のせいで少しずつ種を衰退させ数を減らしていく様を見続けているのは。





そう言ってジェノヴァはもう一度笑い声を上げた。




いつも、どんな笑い声を聞いていたんだろう、とセフィロスは思った。
母、ジェノヴァの声がどんどん自分の脳髄に侵入して来る。そしてそれに身を任せてしまうのはひどく快かった。
もう自分が何者かなのを悩む必要もない。
エアリスの幸せだけを望んで、それを自分が叶えられそうにない事に苦しむ必要もない。

セフィロスの思念を読んだかのように体の中で何かが不快そうに身じろぎをし、それからセフィロスは突然誰かに抱かれるような感覚に包まれた。
実体のない、自分の中にある意識に抱擁されているというのにセフィロスはその感触に陶然とした。ジェノヴァの腕の中は冷たく、自分が「ひと」よりも冷たい事を忘れられそうだった。



さあ、もう一度言ってごらん。あの娘は何という名前だった?



彼女を忘れてしまったら、彼女はもう自分のために苦しむ事はなくなるのだろうか、とセフィロスは思った。自分が彼女を忘れるように、彼女も自分の事など忘れ、涙を流す事もなくなるのだろうか。

でも彼女はもう自分のためになど泣いてはくれていないのかもしれない。
彼女は………

彼女は。
彼女の名は………

「エア………」


古代種の、あの娘の名は?



古代種の………
名は………


「古代種の娘。名前など何でもかまわない」

セフィロスの答えにそう、それでこそ我が子だ、とジェノヴァが微笑んだ。



いい子だ、セフィロス。さあ、最後の仕上げを私に見せてくれ。あの憎い一族の最後の血がこの星から絶える様を。長い間夢の中で楽しませて貰ったが、漸く私の永い眠りが終わる。



遠い昔、母がこの地に宿ろうとした時にその邪魔をした者達、その最後の一人を自分が葬り去る事を母が望んでいる事だけが分かった。
そうしたら母は目覚め、いつまでもこの冷たい腕の中で安らいでいられる。
容易い事だ、とセフィロスは思った。


何の力もない一人の古代種の娘を殺める事など。






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