スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

一番大切なもの









一番大切なもの







いつも最低限の麻酔しか処置されなかった。

それでもさすがに骨髄液を採取される時だけは全身麻酔が施される。

10カウントの後に薄れる筈の意識は、何故かいつもはっきりとしていて、オレはその度に自分の胸の中に打ち込まれる金属の棒が回転しながら立てるカリカリという軽い音を吐き気と共に聞いていた。意識がある事を教えても宝条を喜ばせるだけだとその頃のオレはもう知っていたから、10のうち5を数えた後はいつも黙って目を閉じていた。







彼に初めて会ったのは最初の髄液の採取の時だったと思う。

気休め程度の局所麻酔で背骨に穴を開けられ、ショックを起こしかけたオレは、血相を変えて研究室に飛び込み、宝条の胸倉を掴んだ彼を遠のいていく意識の中で認識した。あなたは何て酷い事を、と宝条を弾劾し続けるその叫びはまるで子守唄のようにオレを穏やかな場所へと誘った。

オレは、痛みで意識を失っても、ここで眠っても大丈夫なのだと思った。











目が覚めるとオレが横になっていたベッドの脇に座った彼が、心配そうにオレの目を覗き込んでいた。オレを見て微笑んだその目は何故か少し悲しそうで、血の気が失せた頬の上に薄いそばかすが浮かんで見えた。

「・・・・・・すまなかった。君が生まれてからずっと、僕は君の・・・・・・・その・・・・・・・・検査に立ち会っていなかったから。あんな酷い目に遭っていたとは・・・・・・知らなかったんだ。」

検査。

ああ・・・・・・あれは、あの嫌な事は検査というのか、とオレは思った。



物心着いた時から、いつもそこは痛くて嫌な目に遭わされる場所だった。けれど、痛いと口にすればそれはあの男を喜ばせてもっと酷い目にあうだけだったし、黙っていれば平気でもっと痛い目にあわされた。

結局どちらでも同じだったからいつも黙っていた。



「これからは・・・・・・僕も立ち会うから。」

別にそんなに悲愴な顔をして決意されなくても。嫌なら立ち会って貰わなくて構わない。今までだってずっと一人だったんだから。

そう言おうと思って口を開きかけると、彼がさっと立ち上がった。

「お茶を淹れよう。僕が淹れるお茶は美味しいんだ。」

タイミングを逃した。

皮膚が薄いのか、彼が笑うと目の下に細い皺が何本か寄って、何となくその皺を消してしまいたくなくて、オレは黙ったまま起き上がった。

「・・・・・・ここは・・・・・・?」

その時オレは初めて、見慣れぬ部屋の中にいる事に気付いた。

「僕の部屋。・・・・・・・侘しい一人住まいだからね。大したおもてなしも出来ないけれど。」

にっこりと笑った彼はてきぱきと食器の用意を始めた。

火にかけた細長いポットから暖かそうな湯気が上がり、ぽこぽこという今まで聞いた事のない穏やかな音を聞きながらオレは黙って彼が手招いてくれるテーブルに寄り、引き込まれるように座った。

その日オレは生まれて初めて甘いお茶を飲んだ。

いや、甘い物を口にしたのは、その時が生まれて初めてだったかもしれない。



















その日から「検査」にはいつも彼が立ち会うようになった。

彼は多分、オレがどんな麻酔を打たれても意識だけは覚醒している事に気付いていたと思う。

時々軽く腕を叩き、もうすぐ終わりだよ、とでもいうようにウィンクを投げる。

彼とオレの距離が近くなっていく程に、宝条が機嫌を損ねていく様子を見るのは愉快だった。オレはまるで宝条に見せ付けるように彼と親密に過ごした。

宝条に見せ付けるように。

いや・・・・・・正直に言おう。

オレは、ただ彼と一緒にいたかった。









「これは?」

数日おきに行われる検査の後、彼がオレを自室へ誘ってくれる事が多くなった。

いつもの甘いお茶を飲んで、彼の部屋にある色々な物を見て質問するのは楽しかった。そしてオレが特に魅せられたのは彼が長い時間をかけて集めたという色とりどりの綺麗な石だった。それはきちんと整理され箱に収められ、採取した場所や日付が記されていた。

彼は、どの石を採取する時にどんな酷い目に遭ったかをユーモア交じりに大袈裟に語り、共に笑いながらそれを聞くと一つ一つの石がただ見た時よりも遥かに貴重で大事な物に思えた。断崖から落ちそうになったり、熊に襲われそうになったり、それでも石を集めるのが好きなんだと、彼は目尻に皺を作って嬉しそうに語ってくれた。

特に大事にしている標本箱は直ぐに判った。

とても丁寧に作られ、見た事もないような綺麗な石がほんの二つ三つきちんと収蔵されていた。そしてオレは、その箱を開いた瞬間に、真ん中に納められた緑色の石に強く心惹かれた。

彼はオレがその石に魅了された事にすぐに気が付いた。気付くや否や何の逡巡も見せなかった。

「それは君にあげよう。」

あっさりとそう言われたオレは返す言葉もなくただ

「いらない。」

と言うのが精一杯だった。

だって他にどう言えばよかったのだろう。

あれほど大事にしている、他に類似した石が一つもないたった一つの美しい緑の塊。彼がそれを手に入れるまでにどんな苦労をしたかは、語られる事がなかったために一層の困難をオレに予想させた。そして、その唯一無二の石を簡単にオレにくれる、と言う彼の真意が判らなかった。

「君に持っていて欲しい。」

「どうして?」

愛想のないオレの返事に彼は笑って答えた。

「君が、それを好きになってくれたから。」

それだけで?と思った。

「だって・・・・・・・大切な物なんでしょう?」

それが精一杯だった。

「僕がその石を大切にしている事を君は知っている。僕が大事にしている物なら君も大事にしてくれるだろう?それに・・・・・・・君は気付いていないかもしれないけれど、僕にとって君もとても大切な存在なんだ。」









そんな事を言われて嬉しいと思っていた子供の頃の自分を思い出すと吐きそうだ。

嬉しくて、照れ臭くて、その石を貰う事だけは固辞して、その代わりにまた遊びに来てもいいかと尋ねると彼はにっこりと笑って頷いてくれた。

大切で当然。

オレは彼の大事な実験結果だったのだから。

それを知るまでにはもう少し時間がかかった。



そう。

結局オレはその石を彼の失踪時に贈られる事になる。























いつの頃からか彼の出張が多くなり、なかなか会う機会に恵まれなくなり、それでもその頃オレはもうだいぶ大人になっていたから・・・・・・否、大人になったと思っていたから、彼の不在を嘆く自分を持て余していた。

彼がオレの知らない誰か綺麗な女性と一緒にいる所を見かけた事もあった。

「今日はガスト君はいないんだ。」

嬉しそうに笑う宝条をオレは憎んだ。







ガスト君。

ガスト博士と言うのだと。

彼の名は。











自分の部屋に無造作に投げ込まれたような包みを開くと、あの彼の大事な石が入っていた。

「君を見守り続けられなくてごめん。」

一葉だけの便箋に綴られた言葉。

それが別れの言葉なのだと思うと無性に腹が立った。

思い切り投げつけた石は、何層にも重なりワイヤーを張られた防弾ガラスにめり込み、いくつものひび割れを作り、そしてぽとりと床に落ちた。

石よりも、オレよりも大切な物が出来たのだと判っていた。

その人を守るためにここを出て行くのだとオレは知っていた。

そうやって、一番大切な物が出来るとそれ以外の物はあっさりと捨てて行くのだ。

残された者の思いなど考える事もなく、大切な物だけを守ろうとするのだ。









あの時から、オレは彼が大嫌いになった。

オレには、大切なものなど何一つなかったから。

























「あー、ちょっと・・・・・・なあ、いい?」

ザックスの声がした。



「あのさあ・・・・・・・アンタが夕日眺めながらぴくりとも動かないって。もうずっと固まって石になっちゃいそうだってさ。ねえ・・・・・・・・・こんな所で何してんだよ。使い走りにされるオレの気持ち判る?」





お前の気持ちなど判りたくもない。

今一番判りたくないのはザックスの気持ちだった。



「・・・・・・何でもない。」



あそ、とザックスは肩を竦めた。

「まあいいけどさ。それよりちょっと聞いてよ。」

無遠慮に隣に座り込んだザックスをセフィロスは横目で眺めた。

「今度行くとこ、すっげえ辺鄙なとこなんだろ?だからさ、オレ達全員で野球チーム作って遊ぶってのはどう?ボールもバットもみんな持ってって。それでさ、その辺りのガキんちょも入れてやってさ。ねえ!どうよ?どうせタルイ任務なんだろうし。・・・・・・・・・なあ、何でアンタやオレが行くんだろね、ニブルヘイムなんて。」

オレはピッチャーね。あ、でもセンターも好きなんだよな。それから・・・・・・・どいつがオレのボール受けられるかなあ。アンタぐらいか?・・・・・・・ってまさかアンタ野球知らないなんて事ないよね。それから・・・・・・







以前派遣された場所でもそうだった。

救援物資を運ぶオレ達を尻目にこいつはその辺りにたむろする子供達と遊び回っていた。

「えー?だって、遊びたそうだったからさあ!」

目尻に皺を寄せて笑うザックスにメンバーの全員が笑った。

ザックスの目元を見ると気分が悪くなるようになったのはいつ頃からだろうか。



沢山の物を持っているから、自分の喜びを簡単に他人に分け与えられる、そんなザックスがオレには・・・・・・

どうだろう。

妬ましかったのだろうか。

羨ましかったのだろうか。

ただ、不快だったのだろうか。





楽しそうに指を折りながらメンバーの選定をしているザックスを無言で見詰め続ける。



「・・・・・・・何よ。何か感じ悪い。俺に何か言いたい事でもあんの?」



いつも好意を持てたはずのザックスの遠慮のない物言いがたまらなく不愉快だった。



「・・・・・・・・・・遠征の前に、休暇はいらないのか。」

暫くの間不思議そうな表情をしていたザックスがふいに大きく笑った。

「なあんだ!知ってんの?いや、ちゃんと今度は長い遠征になるからって言ってあるから大丈夫・・・・・・・・・って、あれ?まさかそれで機嫌悪いんじゃないよね!規律違反?そんな事ないよね!いや、いつかはちゃんと話そうと思ってたんだけどさあ・・・・・・・・。」



「別に。報告の義務はない。」

不機嫌にそう言うと、ザックスがまた笑ってその場にひっくり返った。

「ああ良かった!何しろ取り敢えず神羅に雇って貰ってなきゃな。プーじゃカッコつかねえしさあ!」





ああそうか。お前には未来があるんだな、と思う。

勝手に想像しているがいい。

楽しい、明るい未来を。





「今度紹介するよ!俺の一番大切な子!」



一番大切なもの。

そんな言葉は聞きたくない。





「一番?・・・・・・・・一番大切なのか。」

うん、そうなんだよね!いやもうたまんねえなあ!どこで見られたかなあ、そう言ってザックスが笑う。

どこで見られたのかオレの口から聞きたいのだろう。

そんな事は口が裂けても言いたくない。

エアリスがお前と一緒にどんなに楽しそうだったかを。

ああそうか。お前はオレに祝福でもして貰いたいのか。

お前と、エアリスの未来を。





「ねえ、オレさ、もうソルジャーにはあんまり未練ないんだよね。それでさ、どっちがいいと思う?ゴンガガに帰って畑耕すのと、ここに残って・・・・・・・・・うーん、例えば便利屋でもするのとさあ。」



オレが黙っているといつまでも調子に乗って続ける。



「野球チームが出来るくらい賑やかで楽しい家にすっからさ!!そうしたら、アンタも遊びに来てくれよ。アンタならいつでも大歓迎だからさ!」




だから。
オレはそんな遊びは知らない。

野球なんて知らないんだ。



「あー、でもゴンガガだったらちょっと遠いかもな!」



そうやって笑うな。

お前の笑顔は誰かを思い出させる。

だからもうこれ以上オレに向かって笑いかけるな。



そうやって、一番大切なものの事だけを考えて、そうしてオレからエアリスを奪って行こうというのだろう。





だからオレはお前が嫌いだ。









だから、オレはお前達が大嫌いなんだ。





自分達の幸せだけを考えて、いつでも笑いながらどこかへ行ってしまうお前達が。













オレは、心の底から大嫌いだ。











「じゃあさ、ニブルから帰ったら。気合入れて紹介するぜ!俺の大切な子をさ!」



オレに向かって指を立てるザックス。

お前が暫くオレと離れていられる任務だったら良かったのに、と、オレは不意に思った。

夕日が落ちて、いつしか辺りは暗くなっていた。

最初の星をザックスが見つけて指を指した。

「一番星だぜ!」

オレを見てザックスが笑った。





ザックスが、笑った。














 
「愛する君にさよなら10のお題」Creap(閉鎖)真朝さまより




                                了

         







                            



| TOP |


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。