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氷の童話




氷の童話






アイシクルへ行こう、とセフィロスが言った。
纏まった休暇が取れたから一緒に行かないか、と。
少し照れた横顔をもう少し見ていたかったけれど、「どうしよっかな。」などと言えば、この、全てを簡単に諦めてしまう人はあっさりと「無理ならいい。」と笑ってもう二度と同じ事は聞いてくれないだろう。だから
「あったかい格好、して行かなくちゃね。」
そう答えて腕にそっと掴まると、セフィロスが私から顔を背けるように首を捻った。

だから、嬉しい時は少し耳たぶの先が赤くなるんだよ、あなたは。

そう教えてしまったら後の楽しみがなくなるので何も言わずに、私たちはまた黙って歩き続けた。








厳冬のアイシクル。
人里からも、物好きな観光客やスキー客からも遠く離れた小さな山荘で、私たちは過ごした。

三日に一度、アイシクルロッジに住む少年が犬ぞりに乗って食料を届けてくれる事になっていた。
クジラのベーコンとか、アザラシの肉とか、見た事もないそんな食べ物をどうしたらいいのかと、二人で額を突きあわせて悩んで、それからセフィロスが

「これなら判る。」

と言って卵を取り出した。
ずるい。
私だって卵だったらどう食べればいいかくらい判る。 でも、キッチンで右往左往するセフィロスの手つきは驚くほど不器用で、その卵一つ満足に割れないくらいだった。




どの場面を切り取っても、まるで全て型があるように綺麗なのだと聞いた事がある。
セフィロスが剣を取って走り出したら、返り血を浴びる暇もないくらい素早いのに、その姿形はほんのみじんも乱れないのだと。




・・・・・・卵一つ割れないのに。

「卵、壊れちゃうよ?」

私は、ボウルの前で卵を握り締めたまま硬直しているセフィロスの手から、そっと卵を受け取った。

ここに来てから、セフィロスはずっと手袋をしていない。
どこにでもあるような服を着て、裸足で歩いている。
卵を受け取る時に指先が触れ合って、はっとしたようにセフィロスが顔を上げた。

ミッドガルでセフィロスに合う時、セフィロスはいつも手袋をしたままでは決して私に触れようとはしなかった。何気なく髪に触れようとする時ですら律儀に手袋を外すので、一度不思議に思って聞いてみた事がある。
どうして必ず手袋を外すのか、と。

汚い物がいろいろ染み込んでいるからだと、その時彼はそう答えた。

だからそれはセフィロスなりの思いやりであり、そしてまた、手袋を外すというサインは、セフィロスが私に触れたいという、無言の合図にもなっていた。
セフィロスの指は長くて、白い。
陽に焼けたことがないのだから当然なのだろうけれど、こんなに綺麗な物をいつも隠しておくのは勿体ないと私は思う。
そして、普段厚い革に守られているその指先は冷たくて柔らかくて、とても鋭敏に出来ている。そんな指先が触れた事のある世界が、自分と、そして私だけなのも何だか勿体ない、と私はいつも思っていた。
素手で触れた卵は、ジャガイモは、その指先からセフィロスに何を伝えているのだろうか。




結局セフィロスには卵を茹でて貰った。
水を張った鍋に卵を入れて茹でるだけ。他に何もして貰うこともない。
後は火を止めるだけだから、と言って彼をキッチンから追い出し、それからもう一度食料品の入った袋を覗き込んだ。
やっぱり私が何とか出来るのは卵とジャガイモくらいだった。
セフィロスが取り上げてしげしげと眺めていた土付きのジャガイモは、せっかく彼が素手で触れた物なので、皮を剥いてしまうのがちょっと勿体ないような気がしたけれど、他にどうしようもないのでやっぱりそれも切って茹でる。

窓の外は猛吹雪で、キッチンに置いてある椅子に座って卵とジャガイモが茹で上がるのを待っていると、このままこの雪に閉じ込められてどこへも行けなくなってしまいそうな気がする。

「うわ!寒!」

火を止めて手を拭いて居間へ戻ると、セフィロスがソファでうたた寝をしていた。
しかも玄関が開けっ放しで、雪は吹き込み、暖炉の火も消えかかっている。
こんな状態の中で眠れる人の気が知れない。
私は急いでドアを閉めて暖炉に薪を足した。それから、クローゼットの中を覗いて、毛布を見つけると、それをそっとセフィロスの上に掛けた。

セフィロスの髪や睫毛の上に、吹き込んだ雪が微かに残っていた。
指先で長い睫毛に触れると、私の体温でその雪はあっという間に溶けていく。








「大人になったら・・・・・・・・」

「何だ、起きてたの?」

ふいに声がして私はちょっと驚いた。
毛布を掛けられるまま身じろぎもしないでいたのに、セフィロスは起きていたようだった。

「大人になったら、君の気配を読めるようになるだろうと思っていた。」

そうなの?と言って私は笑った。

「未だに、オレは君の気配だけは読めないんだ。」

目を瞑ったままセフィロスが続ける。

「だけど、暖かくなって来たから目が覚めた。雪を見ていたら・・・・・・眠くなってしまったんだ。部屋の中が雪だらけになったら、もっと気持ちよく眠れるような気がしてドアを開けた。・・・・・・そうしたらもっと眠くなってしまった。」

セフィロスが起き上がって、吹き込んだ雪が溶けて出来た水溜りを黙って見詰めた。

「寒くて眠くなるの?まるで遭難者だね。」

「・・・・・・いい夢を見ていたんだ。」

いい夢?と、私は先を促す。

「オレよりももっと冷たい何かがオレを迎えに来てくれて、もう、冷たいままでもいいんだと言ってくれる。そんな夢。」

セフィロスが窓の外を見た。

「失礼しちゃうわね。私の夢でも見たのかと思ったのに。」

そんな事ないよ、あなたは冷たくなんてないよと言えばいいのかどうか、よく判らなかった。
セフィロスの中の、自分ではどうしようもない冷たい部分が時々彼を苦しめている事を、私はよく知っていた。

この人はひょっとしたら、温かい物で少しずつ溶かされるよりも、冷たい物に閉ざされて、もうそのままでいいのだと言って貰えるほうが幸せなのかもしれない、と私は思った。

「セフィロス・・・・・・・ジャガイモ食べる?」

セフィロスが顔を上げて少し笑った。

「・・・・・・温かいんだろうな。」

「あったかいよ。」

うん。あったかいんだよ。
私はもう一度繰り返した。

「さっき触った時から暖かかった。土の、匂いがした。」

そう言いながらセフィロスはまた窓の外を見ていた。
吹雪は止まない。
青い空も、暖かい土もそこにはなかった。

「この少し先から大氷河が始まる。その先には大空洞と呼ばれる永遠に凍りついた土地があるんだ。そんな場所に抱かれて眠り続けられたら、気持ちがいいだろうな。」



そんな場所が憧れの土地なの?
そんな所に一人で行きたいと思わないでよ、セフィロス。


「凍りついた場所?女の子に冷えはよくないんだよ。」

無理やり笑顔を作ったら、もっと傷ついたような笑顔が返って来た。

「大丈夫だ。その時は一人で行くから。」




両手に視線を落としてから、そっとセフィロスの手が私の頬を包んだ。

いつも通りの冷たいキスだった。
ジャガイモやゆで卵じゃ、この人は全然暖まらないんだろう。

「行くよ。一緒に。」

そう言ったら、セフィロスが小さく笑った。
まるで私の言葉を全然信じていないようだった。

「君は、陽だまりの中が相応しい。」




あなたと一緒だったらどんなに凍えた場所でも構わないのに。
どうして自分の心はこんなにもこの人に伝わらず、そしてこの人はそれを拒もうとするのだろうか。




あの、氷に閉ざされて化石になってしまった太古の獣達のように、と私は思った。
いつのまにか氷の中に閉じ込められてその命を全うしてしまったという巨大な生き物のように、私たちも、その大空洞の中で石になってしまえたらいいのに。



あなたと二人で凍り付いてしまえればいいのに。












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