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2000年のシークエンス






「ああ!やっと王子様のご登場か!」

毎月一回連れて来られるラボラトリーのドアが音もなく開いて、エアリスがその中に一歩足を踏み入れると待ちかねたように宝条が近付いてきた。 焦燥感がその小走りな歩みに現れていた。

「・・・・・王子様?何の事?」

宝条の表情をあっさりと無視するようにエアリスが尋ねる。

12歳の頃にはその検査の苦痛をツォンに漏らし、14歳頃には思春期の少女らしい反抗を見せていたエアリスも、今では月々の検査が自分の自由と引き換えに行われている事を納得したかのように、淡々と宝条の指示に従い、もう神羅ビルへの訪問に難色を示す事もなかった。

その素直さが却って恣意行為のように思えるのは、セフィロスととても良く似ているとツォンは思う。 20代の立派な成人であり、群を抜いた実力の持ち主でありながらも、セフィロスも相変わらず神羅カンパニーに所属し、宝条や副社長の命令に諾々と従っていた。
どうでもいいからなのか、今は雌伏して時を待っているのか・・・・・・その判断がどうにもつかない。

「お姫様が目を覚まさなくて困っているんだ。」

軽妙を装った口調とは裏腹に宝条のこめかみが神経質そうにぴくぴくと動いて、内心の動揺を表していた。

「博士!バイタルサインが更に低下しました!」

モニタールームにいる研究員の声がマイクを通して室内に響いた。
宝条がちっと舌打ちをした。

「・・・・・・またか!何を考えているんだ!」

大股で機器に歩み寄ると音声ボタンを押して声を張り上げた。

「起きないか!エアリスを連れて来てやったぞ!」

パネルに嵌め込まれたモニター三台が、それぞれの角度から薄暗い部屋を映し出していた。

「博士・・・・・・・セフィロスに、何をしたんですか?」

詳しい事情も聞かされずに、ただ毎月のルーティンワークとしてエアリスを迎えに行って連れて来たツォンは、初めて見るそんなセフィロスの姿に衝撃を受けた。死体のようにベッドの上に横たわるセフィロスの体中に電極が接続され、そこから何本ものコードが伸びている。
ツォンの声にエアリスもモニターに一歩近付いた。
握り締めた両手に青白い血管が浮いている。

咎めるようなツォンの視線に宝条が笑った。

「何・・・・・・大した事じゃない。ただちょっと・・・・・・ほんのちょっとセフィロスの大脳皮質をいじってみただけだ。せっかく君の…排卵期だったものだからね。」

宝条の身も蓋もない言い方に、エアリスの頬がさっと染まった。ツォンは、自分がいる場所の居心地の悪さにもぞもぞと身じろぎをする。

女性研究員が現れてエアリスの手を取った。
更衣室へ連れて行かれいつもの術衣を身に着け、そしていつもの検査を施されるために。
その腕を振り払って抵抗を試みたエアリスは、たじろいだ相手の力が緩んだ瞬間に腕をすり抜けて宝条に近寄った。

「セフィロス・・・・・・・死んじゃうよ?」

びくりと宝条が慄いた。

「支度が出来たら待機させておけ。今日は、検査は後回しだ。」

憎々しそうにエアリスを睨みつけ、無造作に言い捨てると宝条は再びツォンの方を向いた。
更衣室へと促す研究員に、今度はエアリスも反抗はしなかった。

「大脳には古い皮質と新しい皮質がある。・・・・・・これは知っているな?」

ええまあ、とツォンが頷いた。

「新しい皮質が人の原始的な欲求を制御する。本能の塊のような人間の脳みそを包んでいる一番外側を覆う皮一枚でようやく人間は人間らしく振る舞えるのだ。ただ問題は・・・・・・そういった新しい皮質が原始的欲求を抑え込むのは・・・・・これはこれでその部分にとっての本能なのだという事だ。だから、人は自らの欲求を制御できると・・・・・大脳新皮を源とする新しい本能が満たされる事によって快感を得てしまうのだ。」

ツォンの訝しげな表情を見て宝条が付け加えた。

「例えば君が・・・・・・性欲だの食欲だのといった原始的な欲求を抱いたとしよう。その時の君を取り巻く状況を分析してその欲求を抑えるべきだ、と考える部分が新しい皮質だ。そしてその欲求を押さえられた場合、君はそんな自分自身を自慢に思うだろう?それが大きな誤解なんだ。本能を自制できた事を誇っている訳じゃない。欲望を制御するという新皮の本能が満たされただけなんだよ。結局はどちらも本能に従っているに過ぎない。そしてセフィロスは・・・・・・その新皮がどうやら過剰に働いているようなんだ。」

「原始的欲求に対しての自制心が強い、という事ですか?」

我が意を得たり、と言った面持ちで宝条が頷いた。

「まるでロボットのように欲望が希薄だ。種を保存しようという生存本能が全く感じられない。」

そういえば、セフィロスが空腹そうだったり眠そうだったりした所を見た事がない、とツォンは思った。

「だから皮一枚を剥いてやって、もっと楽に生きられるようにしてやろうと思ったのに・・・・・・あの恩知らずと来たら。」

宝条が忌々しげにモニターを覗き込んだ。
カメラを移動させるレバー操作をする指先が震えていた。

「・・・・・・新皮の活動を低下させると同時に体温は下がる、血圧は下がる、脈も止まりかけて脳波も殆どフラットだ!」

バン!と宝条がモニターを叩いた。

「昇圧剤!リンゲル輸液しろ!必要なら心臓にショックを与えるんだ!」

宝条がマイクに向かって叫んだ。

「・・・・・・死にかけている、という事ですか?」

それは・・・・・・どういう事なのだろうか。
ツォンは今聞いた話を頭の中で組み立てた。

「つまり、セフィロスが今まで生きていたのは全て新しい皮質の理性の賜物で…セフィロスの本能は・・・・・・自分自身をこの世から抹殺してしまいたいと思っていると・・・・・・・そういう事ですか?」

「そんな筈はない!」

宝条はにべもなくツォンの意見を否定した。

「あいつの中に眠る本能は、生き延びて仲間を増やし、種を保存する事に躍起になる筈だ。何しろ・・・・・・二千年も単体で存在していたのだからな。こうやって人型を手に入れて交配が可能になったからには、ほんのちょっと本能を剥き出しにしてやるだけで・・・・・・」

見境なく女に走るとでも思ったのか、とツォンは溜め息を吐きそうになった。エアリスがやって来る日だから丁度いいとでも思ったのだろうか。
この男は、赤ん坊の頃からセフィロスを見ていながら彼の事が少しも判っていない。

「どうして判らないかな。セフィロスが死にたがってる、って。」

いつの間にか白い術衣を着せられたエアリスが後ろに立っていた。
長方形の二枚の布を肩の位置に付けられた紐で結んだだけの術衣を着たエアリスは、いつにも増して頼りなく無防備に見えたけれど、その口調は揺るぎなかった。

「ずっと死にたいって思ってたのに我慢してたんだよ。その我慢をやめさせちゃったんだ。セフィロスなら・・・・・・自分の体の機能を意志の力で止められる。最初に兆候があったでしょ?何で判らないんだろ。」

エアリスの呟きにも似た声を耳にして、宝条ががっくりと手を突いた。

「もう五感の機能は麻痺している。何を言っても聞こうとしないし見ようともしない。仕方がないから大脳に直接電極を差し込んで起こそうとしているんだが・・・・・・前頭葉を刺激して送り込んだイメージの中で・・・・・・エアリスにだけは反応したんだ。」

驚いたようにエアリスが顔を上げた。

「・・・・・・それじゃあさっさとあのコードを全部外して、脳みそいじるのは止めて、エアリスの声でも聞かせてやればいいんじゃないですか?」

平静を装ってはいたけれど、セフィロスの生命が危機的な状況である事が判るにつれ、ツォンも内心の焦りを隠しようがなかった。

「エアリス、そこのマイクから何でもいいから話をしてみるんだ。」

マイクに一歩近付いたエアリスに宝条が言った。

「無駄だ。五感に訴える方法ではもうセフィロスを目覚めさせる事は出来ない。エアリス、君ならセフィロスに直接『語りかけ』られるだろう。」

宝条の高圧的な物の言い方にエアリスが冷たい視線を投げかけた。

「あなたの頼みなんて聞きたくも無い。だけど、このままセフィロスを逝かせるわけにはいかない。」

エアリスは、セフィロスが眠る部屋へと入って行った。
















セフィロス。


私の声、聞こえる?




エアリスはぴくりとも動かないセフィロスに語り始めた。






出会った頃も、そして今だっていつだってあなたは私から遠かったよね。
例え並んで花を作っていたとしても、あなたの心はいつだって私から遠く隔たっていた。

だけど不思議だね。今日はあなたが何を思っているのか私には凄くよく判る。
星に近付いているあなたの気持ちが、まるで星の言葉のように私に降り注いでいる。
あなたの心はもう星に届きそうなんだね。
この世界はあなたにとってそんなにも生き難い場所なんだね。





「・・・・・・・・何をしているんだ、あれは。」

モニターを凝視している宝条が言った。
セフィロスが昏々と眠り続ける部屋に入ったエアリスは、ドアが閉まるとそのドアに背を預け、セフィロスに近寄るでもなくただぼんやりと立ち尽くしていた。







ああ、エアリス。

死ねばこれが出来なくなるという理由で死は恐れる物になるだろうか、とオレはずっと考え続けていた。
オレにとって死ぬと言う事はいつだって甘い誘惑だった。もうずっと長い間、例え今日死んでしまってもいいと思っていた。ただ・・・・・・・死ねば君に会えなくなると思うと・・・・・・それだけが唯一オレが死を恐れる理由だった。
オレは、君を見ていたかった。





ドアに寄りかかったエアリスが目を閉じて微笑んでいた。






「笑って・・・・・・いるのか?」

宝条の問い掛けに、 半信半疑でツォンがええ、と答えを返す。







すごいね、まるで愛の告白。
どうしちゃったの?セフィロス。セフィロスらしくない。
私の事好きなら好きって、そう言えばよかったのに。

オレも今日まで気付いていなかったんだ。宝条もたまには粋な事をする。
オレを縛っていた様々な思いから解き放たれて。
オレは今生まれて初めて自分の気持ちに素直に振る舞えているのかもしれない。
君の屈託のなさが、愛する物を守ろうとする強さが、全てを許そうとする生き方が・・・・・・オレには何もかも全てが眩しかった。
オレは君に・・・・・・恋焦がれていた。

・・・・・・いつから?

多分初めて会った時から。
オレはずっと長い間君に憧れて憧れて・・・・・・そして一歩も近づけなかった。

だからあんなふうに無視してたんだ。
せっかく私が笑っても知らん振りしてたんだ。
・・・・・・素直じゃないね、セフィロス。





エアリスがセフィロスの眠るベッドの上に腰をかけた。
右手でそっとその額を撫でる。

「バイタルは!?」

宝条が上擦った声を出した。

「低下したままです。」

無機質な声がスピーカーを通して響いた。





最後に君に会えて良かった。
オレの願いは、オレの中に眠る何か邪悪な物をオレの体ごとこの世から抹殺する事。
だからオレはどんな危険な任務も恐れなかった。
いつか誰かがオレを殺してくれればいいと願っていた。

だけどああエアリス。





「博士!脳波が!」

助手が叫んだ。





君にもう会えなくなるのは・・・・・・・・・


オレは君を・・・・・・・









セフィロスに繋がれていた機器が一斉に警鐘を鳴らした。
脈拍を刻んでいたモニターは平坦な連続音と平坦な画像を示し、それぞれのコードの先にある物が既にこの世には存在しない事を示していた。

「心臓マッサージ!早く!」




愛していると・・・・・・・・・・




ドアをぶち破るかのような勢いで部屋を出てセフィロスのいる部屋へ飛び込む宝条の姿は、ツォンに一抹の感慨を抱かせた。
無論、ツォン自身もその時は無我夢中で走ってはいたのだけれど、それでも後々あの時の博士の姿を何度も思い返した。

「ボスミンはどうした!強心剤だ!ショックをかけろ!何してるんだ!」

髪を振り乱して叫ぶ博士に研究員達があたふたと駆け回った。
セフィロスの手首を押さえ、瞳孔を確認した女性研究員がその場にへたり込んだ。
医療従事者ではない場違いな感じに為す術もないツォンは、そっとエアリスの隣に立った。

「セフィロスと・・・・・・話せたのか?」

青い顔をして微かに頷くエアリスは酷く消耗して見えた。
二人の間にどんな会話が交わされたのか、ツォンにはそれを垣間見る事すら出来なかったけれど、噂にだけ聞いていた古代種の力をまざまざと見せ付けられたような気がした。

「オペレーション準備を急げ!脳細胞が壊死する前に摘出するんだ!」

宝条の狂ったような声が聞こえて、エアリスがはじかれた様に背筋を伸ばした。

「待って!何する気!?」

「何って・・・・・・脳の摘出と保存に決まっているだろう。セフィロスの脳幹に眠る細胞の記憶を消す訳にはいかない。」

狂っている、とツォンは思った。
自分の息子が、自分のミスの所為で目の前で亡くなったというのに、すぐさまその脳を摘出しようとどうして思えるのだろう。

「待って!お願い!!」

エアリスが宝条の腕にむしゃぶりついた。
表情を歪ませて宝条がその腕を振り払おうとする。

「セフィロスの想いはまだここにある!お願いだから私に祈らせて!」

「祈る・・・・・・だと・・・・・?」

宝条がエアリスを睨んだ。

「そんな事をして何になる。祈りで死人が生き返るのか!祈りで誰かを救えるのか!そんな非科学的な事をしている間にも・・・・・・セフィロスの脳はどんどん損傷を受けるんだぞ?一刻を争うという事が何故判らんのだ!」

宝条が突き飛ばした細い体を、影のように走り寄ったツォンが支えた。

「俺も・・・・・・あんたの考え方には賛成できない。せめて、人間らしく葬ってはやれないのか。」

思い切り押された胸の辺りを押さえながらエアリスがきっと顔を上げた。





「見せてあげる。セトラの力を。セトラの・・・・・・祈りを。」





















エアリスの言葉に宝条の足が止まった。
「セトラの力を見せて上げる。」
そのひと言が宝条の科学者魂をくすぐったのだ。脳損傷を受けないうちにその大脳を摘出しようという現実的な対処と、未知なるセトラの力に賭けてみたいという誘惑の狭間に立って宝条は暫く逡巡した。

「・・・・・・判った。その代わり、お前が失敗して大事なセフィロスの脳みそがイカレてしまったら、その時はお前に実験材料になって貰う。」

エアリスを一瞥してから口の中で何事かを呟く。

・・・・・・細胞は、どこからでも採取可能だ。その中からいくらでも遺伝情報を取り出すことは出来る。そうだ、今度はジェノバ細胞の情報を持つセフィロスの遺伝子をエアリスの胎内で培養すればいいだけの事だ。それは・・・・・・却って面白いだろう・・・・・・

「セフィロスなど、いくらでも作れるのだからな。」

冷たい言葉を投げかけて部屋を出て行こうとする宝条をツォンが嫌悪の眼差しで見る。

「・・・・・・そんなに心配しなくていいよ。」

ぽつりと呟いたエアリスに、ツォンが振り向く。

「死ぬために生きてたなんて・・・・・・そんな卑怯な生き方は許さない。自分の中の何か悪い物ごと死んでしまいたかったなんて・・・・・・そんなのずるい。一人きりなのは・・・セフィロスだけじゃないのに。」

ツォンが軽く首を傾げた。
セフィロスがそんなふうに自分を語った事は嘗てなかった。

「セフィロスと・・・・・・話したのか?さっき、ずっと・・・話していたのか?」

うん、とエアリスが頷く。

「どんな命だって、誰の命だって・・・・・・死ぬために存在なんてしてないんだよ。そんな事も判らないで死んでしまうなんて・・・・・・バカだよ。」

「・・・・・・エアリス・・・・・・?」

何だか途方もなく嫌な予感にツォンが眉を寄せた。

「お前・・・・・・大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。ただ・・・・・・死ぬために生きてた魂を呼び戻すには、そうだね、ひょっとすると『生かすために死ぬ』くらいの覚悟は必要かもね。」




「ねえツォン、もし私に何かあったら・・・・・・セフィロスの事、頼むね。」




どういう事か、と問い掛けた背中をエアリスがぐいぐいと押した。

「人一人の命を呼び戻せるかどうか判らない。何があるか判らないから一応ね。」

にっこりと笑ってドアの外にツォンを追い出したエアリスは、中からドアをロックしてセフィロスの枕頭に立った。

ツォンの怒鳴り声がドア越しに聞こえた。

その場に跪くと、指を祈りの形に組み合わせる。




「セフィロス、聞こえてるでしょ?・・・・・・帰って来てよ。」







ほんのカケラのような、セフィロスの中の「生きたい」という気持ち、その大事なカケラに自分の祈りが何とか届かないかとエアリスは願い続けた。



私を愛してるって言ったでしょ?
私を置いて行かないでよ。



…だったら……………


「セフィロス!?」

エアリスがはっと顔を上げた。
心の中の何かが思いきり引きずられて外に出そうだった。
たった一人で生きている淋しさと、未来への絶望が拍動を始めた。この気持ちは何なのだろうかと突き詰める事が怖かった。

「やめて!セフィロス!」




モニターでエアリスの様子を伺っていたツォンが立ち上がった。エアリスの様子がおかしかった。顔が真っ青で、小さく震えている。インターカムのボタンを押してエアリスを呼んでも、ツォンの叫びは一向に届いていないようだった。





私の中の、ほんの小さな死んでしまいたいと思うカケラが、セフィロスと共鳴を起こしている、とエアリスは思った。自分でも今まで気付いてもいなかった甘い誘惑がそこにはあった。
エアリスは小さく身震いをした。
その誘いに乗ってしまう事が、酷く魅力的に感じられる。


どうせ……たった一人なんだから。
いつまで待ったって、私なんて一人なんだから。


ドアをいくら叩いても中から返事はなかった。
セフィロスが死んでしまっているという事実も、エアリスが命を懸けてその魂を呼び戻そうとしている事もあまりにも何もかもが突然で、まるで悪夢を見ているようだった。
握り締め、ドアを叩き続ける手の平に爪が食い込んで、ツォンの手首に滲んだ血が流れた。

「くそっ。」

どうあってもエアリスはドアを開けようとしないと判断してツォンは踵を返す。ラボに戻ると宝条が魅入られたようにモニターを覗き込んでいた。

「いい加減にしろ!あんたの息子が死んだんだろう!」

ツォンは力任せにその辺りにあるコードを引きちぎった。
目に付く全てのスイッチを切り、ずらりと並んだボタンを拳で叩き続けた。
映像が映らなくなったモニターから視線を外し、宝条が忌々しそうに眼鏡を外して目頭を軽く揉んだ。

「・・・・・・あれを『息子』と呼ぶのならそうだろう。だが、残念だったな。私に親子の情愛を期待して貰っても困る。何しろあの『息子』は替えが効くんだ。」

ツォンの拳が宝条の頬の上に炸裂した。

「・・・・・・俺ですら、あいつらが死んでしまったら悲しいのに!お前は何なんだ!」

リノリウムの床の上に尻餅を着いた宝条が、左手で切れた顎をさすった。

「・・・・・・それが『ジェノバ・プロジェクト』だ。いいかね?セフィロスは・・・・・・もう二千年も生き続けているんだ。例え、今『セフィロス』として我々が認知している人物が死んだとしても、それは単に容れ物が壊れただけに過ぎない。中身は・・・・・・生き続けるんだよ。今までもそうだったように、これからもずっと。」

常人には理解不能な理屈を淡々と重ねる宝条に、ツォンは慄然とした。エアリスが言っていた、自分の中にある何かを殺してしまいたい、というセフィロスの願いがほんの少しだけ判るような気がした。もし、宝条が言っている二千年生き続けたという化け物のような存在が、自分の中に巣食っていたらどんな気持ちがするのだろう。
セフィロスの中には間違いなく暖かい人間の部分があって、その人としての意志が余りにも強固だったために今回の悲劇を生んだのだと思うと彼が酷く痛ましかった。



ツォンは目を瞑って手の平で顎を押さえた。
そうしなければ泣いてしまいそうだった。








だけど、負けない。
エアリスの頬を涙が伝った。
セフィロスの死んでしまいたい気持ちに、私の生きて行きたい気持ちは負けない。あなたが私の中のカケラを引き出そうとするなら、私は何があってもあなたの中の生きたいカケラを引き出してみせる。
腕を上げるのも億劫なほど自分が消耗している事にエアリスは気付いていた。けれど、エアリスは祈り続けた。
意識が朦朧として、このままセフィロスと一緒にどこか遠い所へ行ってしまいそうだと思う度に、気力を振り絞って頭を振った。

「だってずるいよセフィロス。ちゃんと言ってよ。理性のタガが外れなきゃ、愛してるも言えないなんて、そんなの英雄らしくないよ。」





エアリスの涙がセフィロスの顔の上に落ちた。
何粒も何粒も、とめどなく零れ落ちる涙が、セフィロスの顔を濡らし続けた。



…泣くな。

エアリスがはっと顔を上げる。

君が泣いている所を見るのは、昔から嫌いだったんだ。泣いている君にどう言葉をかけていいのか思いつきもしない自分も嫌だったんだ。


セフィロスが目を開けて「泣くな。」とひと言だけ言った。ああセフィロス…そう口にしようとしたエアリスの意識はそこで途切れた。






「博士!脳波が!」

その時突然、ラボのドアを開けて研究員が踊り込んで来た。

「すみません!マイクもアラームもダウンして・・・・・・・連絡が・・・・・・」

研究員の視線が、乱暴に引きちぎられ、所々で紫煙を上げている機器の上を泳いだ。

「脳波がどうした。」

宝条が立ち上がって詰め寄った。

「戻りました。」


その場にいた全員が信じられないように顔を見合わせた。

「心音は?血圧は!?」

宝条の頬が興奮で紅潮していた。

「セトラの力・・・・・・・・なのか?これが・・・・・・・。死んだ人間すら生き返らせられるのか?それとも・・・・・・相手がセフィロスだったから特別なのか?ああ!調べたい事が山ほどある!セフィロス様様だ!」

ツォンは今までにこれ程嬉しそうな宝条を見た事がなかった。
その喜びの中に、ほんの少しでもセフィロスが生き返った喜びが含まれていて欲しい、とツォンは切望した。

宝条が転がるようにセフィロスがいる部屋へと向かう。

「おい!開かないぞ!誰か鍵を持っていないのか!」

ノブを掴んでがちゃがちゃと回す宝条に、研究員の一人がラボへと取って返した。




その時、足元が激しく揺れて、ツォンは思わず片手を床に着いて後ろへ飛び退った。所員全員が頭を抱えてまるで蛙のように床に這いつくばった。
目の前の壁がガラガラと音を立てて崩れていく様子が、まるでスローモーションのようにツォンの目に映った。

砕けたセメントが立てる粉塵の中にセフィロスが立っていた。

「どけ。」

両腕に、まるで大事な花束のようにエアリスを抱えたセフィロスが言った。
エアリスの腕はだらりと垂れ、頬に血の気はなかった。
近寄ろうとした宝条にセフィロスが鋭い一瞥を投げた。
指一本も動かさず、視線だけでその足元に雷が落ちる。

「丸ごと吹き飛ばされなかっただけ感謝して貰いたい。」

びくりとして、宝条の足が竦んだ。

「セフィロス!エアリスは無事なのか!」

ツォンの呼びかけを無視して歩き始める。

「誰も・・・・・・近寄るな。」

粉塵が収まらない廊下をセフィロスの広い背中が遠ざかって行く。重い靴音を響かせて歩くセフィロスはどこへ行こうとしているのだろうか、とツォンは思った。
死んでしまいたい男と死んでも救いたいと願う女は、どこへ行ったら幸せになれるのだろうか。

二人が判り合える日がいつか本当にやってくるのだろうか。




あの二人は・・・・・・似すぎていて、そして余りにも違う。異質過ぎる。





暗い予感にツォンの顔が歪んだ。












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