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L changed my world. 映画版デスノート『L』



「真希は成人式に出るの?」

友人が無邪気に問い掛ける。
ついさっきまで母親が勝手に誂えたという桃色の振袖を散々にこき下ろし、でもせっかくだから成人式出てみようかな、と小首を傾げたところで話をこちらへと振ってきた。

「そうねえ。どうしようかな……。」

曖昧に笑って答えると、別の友人がさっさと話題を変えた。

「それよりレポートが先でしょ!実験レポート実験レポート!その繰り返しで私なんて精一杯よ。」

ねえお父さん、と私は思う。
今日もいい一日になりそうだよ。
私に両親がいない事を知っていながらも瑣末事はあっさりと忘れて母親の愚痴を言う友人も、私に判らないように相手を蹴飛ばす訳でもなく話題を変えてくれる友人も、どっちもとてもいい子達だよ。
他にも友達が沢山出来たんだよ。

ねえお父さん。
不器用な優しさでも大きな慰めになると知ったあの日から、私はほんの少し他人に対して殻を破れるようになったのかもしれない。
Lは、私の世界を変えてくれたのかもしれない。






「ただいまー!………パパ?いないの?」

この時間にはいつも家にいる筈のパパ、松戸博士は家にいなかった。
12歳で天涯孤独の身の上となった私は、引き取り手となる親類縁者もなく通常であれば施設に収容される筈だったのに、何故か博士が私を引き取ってくれた。
勿論私達の間に係累はなかったから、手続きにはかなりの無理があっただろう。けれど、あの世界的な事件に関わりあった私達二人であり、そして解決の一端を担った博士であったという事で、警察の上層部からも何らかの働きかけがあったらしい。
噂によると、FBIの捜査官からも陳情書が届いていたらしい。
恐らくは有能なのだろうけれど、結局私達の囮となり続けクレープの移動販売車の運転に終始していたあの人の良さそうな捜査官は、今どうしているのだろうか。


博士は、私が彼の事を『パパ』と呼ぶ事を酷く嫌がる。


自分が引き取ると宣言をした後、博士は腰のベルトに挟んだタオルで汗を拭きながら私に説明をした。
曰く、彼と私の父は共に研究をし続けた仲間であった事、自分が過去のしがらみに囚われてウィルスの研究から離れていたために、父が孤独な戦いを続けなければならなかった事、結果的に父を一人で死に追いやってしまった事。
訥々と、汗を流しながら、話の途中で何度も「すまない。」と繰り返し、私が18になるまで責任を持って面倒を見ると頭を下げてくれた。

私には経済的な心配はなにもなかったから、然るべき後見人を立ててその相手と一緒に暮らすという選択肢もなくはなかった。
けれど、たった12歳の小娘に対して深々と頭を下げる博士を見た時に、この人と居たいと本能的に思った。
それにこの人は…………

「判りました。お世話になります。でも、私博士の事何て呼んだらいいのかな。」

私の即答が彼にとっては意外だったらしい。
しばらく目を白黒させていたが、やがて嬉しそうに笑って言った。

「まあ、おじさん…とでも呼んでくれれば。おじいさんは…ちょっと。」

この年まで独身で、家族を持った事のない博士は自分がどう呼ばれるかを考えもしなかったらしい。

「じゃあ、パパ。」

冗談半分でそう言った。
その時の博士の表情を私は今でもはっきりと覚えている。
天才的な頭脳を持った人達が自分でも気付いてもいない感情の陥穽。相手の言動が理解出来なくて戸惑って硬直して視線が左右に微妙に揺れる。

この人のこういう所はLにとてもよく似ている。

私はそう思って、今はもういないLの不器用な表情を偲んだ。



松戸博士の家は、私が慣れ親しんでいた空間とは大違いだった。
静かで、清潔で、真っ白だった私の周囲はその日を境にあっという間に雑多な日常に埋もれていった。普通に暮らしているだけで不思議な程に家の中は散らかり、ゴミやホコリは溜まり、そして博士は驚くほどそれらに無頓着で、私が来るまでどうやって暮らしていたのか不思議に思うほどだった。
そして私は18になり、高校を卒業し、大学に合格しても博士を一人で残して行く事ができなくなっていた。






「おっ!帰ってたのか!」

玄関に横付けされた自転車から飛び降りて博士が家の中に入って来た。背中に風呂敷包みを背負っている。

「なあに?その荷物。」

カゴに入れてくればいいのに、と思いながら博士の後ろに回って私は包みを受け取った。

「いやな、お前の成人式の振袖を作ろうと思って………ちょっと知り合いの呉服屋へ行って来たんだ。そうしたら、お前にも是非見て貰ってくれって……言うから…背負って………」

博士がそんな事に気付くなんて思いもしなかった。
大体、私が二十歳の誕生日を迎えた日だって特にお祝いをしてもくれなかったのに。

「へえ、パパ覚えてたんだ。私が今年成人だって。」

相変わらずの挙動不審な躊躇え方をした後、博士はぽつりと言った。

「毎年数えてはいるんだ。18を過ぎてからお前が大きくなっていく事がなんとなく淋しくてな。祝えなかった。だが………成人を祝わなかったらさすがに二階堂に顔向けが出来ん。」

ぷいと横を向いた博士はさっさと居間に向かう。
私は反物が入っているらしい風呂敷包みを抱えて、ふふふ、と笑った。





「嫌だ。パパ。赤ばっかりじゃない!」

結び目を解いた瞬間に判っていた事だったけれど、私は畳の上に広げられた幾反もの赤い絹の流れを見てため息をついた。

「何だか子供っぽくない?」

私の口調に躊躇えたように博士がタオルで汗を拭いた。

「いやあの…何だ。君が初めてウチへ来た時……その、赤いワンピースを着ていたんだ。そのイメージが強くてつい………」

ちょっと待って!その手で反物に触っちゃダメだよ!と慌てて言いながら私はキッチンへウェットティッシュを取りに走った。
Lと、あの男の子と、それから私と三人で逃げ込むようにこの家に到着した時、私は赤いワンピースを着ていた。あの日の事は鮮明に思い出せる。
ニュースで私の顔写真が公開され、私達の動きが日本中の興味の対象になっていたあの日、果たしてLが尋ねるという相手は私達を迎え入れてくれるのだろうかと不安で一杯だった。一つ間違えば自分が感染するかもしれないウィルスの保有者だった私を、博士は家の中に入れてシャワーを使わせてくれた。
あの時の安堵と感謝を忘れなかった日があるだろうか。

「まあいいよ。赤でも。」

渡されたティッシュで指先を拭いながら、博士が明らかにホッとした表情で息を吐いた。
あの、桃色の振袖を勝手に選んだ母親に対して文句を言っていた友人の気持ちが少し判った。私は今、赤い反物ばかり揃えて来た博士の事を、誰かに思い切り話したい。
文句を言って、嫌になっちゃう、と言って。
そして心の中には博士に対する愛情と暖かい感謝が広がるのだろうと思う。



一番気に入った一枚を肩にかけて私は鏡を覗いて見た。
低血糖で痩せっぽちだった体は、博士の丁寧な治療と食事療法で、漸く少しは丸みを帯びて来た。赤い振袖を着ると、今でもまだ七五三のように見えるかもしれないけれど。

「悪くないかも。」

私はそう言って小さく肩を竦めた。
博士が肩の荷を降ろしたように、そして少し淋しそうに笑った。




L、あなたのお陰で生き延びた私は、ハタチになったよ。
心の中でそう言うと、「おめでとうございます、真希さん。」という奇妙に生真面目で、私が毎日聞いていた「お帰りなさい、真希さん。」と同じ声が聞こえるような気がした。




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