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月を射る瞳





※注 セフィエア姉弟設定




月を射る瞳











ナナキがピクンと顔を上げた。

不審そうな表情で森の奥、一段と黒々とした一隅を見遣ると、低く唸り声を上げる。今夜は月がとても大きくて明るくて、その所為なのか闇が一層暗く見える。

何かとてつもなく禍々しい物が近付いて来る気がして、一点をひたと見据えたままいつでも飛びかかれるようにと姿勢を低くした。

「・・・・・・・大丈夫。心配しないで。」

その時低い柔らかい声が後ろから聞こえた。同時に逆立った毛並みを優しく撫でられて、ナナキの緊張が一瞬でほどける。

「エアリス・・・・・・・・だって、なんかさ・・・・・・・・」

しっ、と唇に指を一本当てて、エアリスがいたずらっ子のように笑った。

「みんなを起こしちゃ、可哀想でしょ?今日は・・・・・・・みんな疲れてるんだし。それに、大丈夫。私が危険な目に合うことは絶対ないから。」



だけどエアリス、何だか凄く嫌な感じがするんだ。何だかとても嫌な物が近付いてるんだ。まさかそこに一人で行こうとしてるんじゃないよね、そう聞きたくてナナキは訊ねた。



「一緒に・・・・・・行ってもいい?」

「ダメ。」

口調は穏やかなのにエアリスの拒絶は明らかだった。

「すぐに帰って来るから。ここでいい子で待っていて。ね?」

一緒に来て欲しくはないのだと、その言葉の中に懇願の色を見たナナキは言った。

「判った。けど・・・・・・・一時間経っても帰って来なかったら、みんなを起こして探しに行くから。」

そうね、じゃあその時はお願いするかなと言って、エアリスは森の中の闇に飲み込まれて行った。









まるでその影から闇が広がっているようだった。闇の中に一歩足を踏み入れると、もう他の音は何も聞こえなくなる。自分が歩くたびに折れているはずの細い枝を踏み締める音も聞こえなかった。





「・・・・・・・・・・・ねえ。あなたもうここへは来ない方がいい。」

闇の中に膝を抱えるようにして座る姿にエアリスが声をかけた。

「いつかみんなに・・・・・・・・・・殺されちゃうかもしれない。」

ふん、と鼻を鳴らすような乾いた笑い声が聞こえた。

「オレが?あんな奴らに?・・・・・・・・・・バカバカしい。」

「ばかなのはあなたよ、セフィロス。」

エアリスはふうとため息をついて黒い影に寄り添うように座った。

「こんな事続けていたって何にもならない。どうしてやり直せないの?あなただって・・・・・・・・神羅の英雄とまで呼ばれて、沢山の町や村をモンスターから解放した事だってあったじゃないの。」

「別に『みんなのために』戦ってたわけじゃない。」

ぶっきらぼうにそう言うと、セフィロスはぷいと横を向いた。

「姉さんこそ、いつまでこんなお遊びを続けているつもりなんだ。人間なんて・・・・・・・所詮弱い物同士で群れて、足を引っ張り合って・・・・・・・・・・それでいて異物を排除する時にだけ協力し合って。そんな奴らと一緒にいて何が楽しい?」

「・・・・・・・相変わらずだね。そんなふうにしか考えられないんだ。」

「だってオレ達は異物じゃないか。ねえ・・・・・・・・・・」

セフィロスがエアリスの目を覗き込んだ。

「人間ごっこ、していて楽しい?」

狂気が宿るこの笑みに、エアリスは何度胸を痛めた事だろうか。

「・・・・・・・人間、だもの。」

セフィロスの唇に冷笑が浮かんだ。

エアリスの視線が自信無げに揺れる。

「・・・・・・・キス、してよ。」

「いいわよ。」

エアリスがそっとセフィロスの頬に唇を寄せた。













「ちょっと!ナナキ!!」

いきなり呼びかけられて、ナナキは飛び上がるほど驚いた。

「な・・・・・!何!アレ!?ユフィ?」

どきどきと踊る心臓をなだめながらナナキはそこに立つユフィを見上げた。

「何してんの!何か来たでしょ!」

ナナキは、自分並の嗅覚、もしくは直感を持つらしいユフィの態度に内心舌を巻いた。

「ユフィも・・・・・・・気付いたんだ。」

ユフィは腰に手を当ててイライラと言葉を繋いだ。

「エアリスも、でしょ!アンタ何で一緒に行かないの!バカ!」

バカはないだろう、と思いながらもだったらユフィももっと早く来てくれればよかったのに、とナナキは何だか泣きたくなった。

「後、着けるわよ。今日こそ絶対。」

「・・・・・・・・・今日こそ?」

何よ、アンタ今日まで気が付いてなかったの?いっつも撒かれるんだけど、今日はアンタと一緒だから何とかなるかもね。矢継ぎ早に喋りながらもユフィは手足を振り、手早く体を暖めた。

「行くよ!ナナキ!!」



























「そんな赤毛の犬にするようなキスは嫌いだ。」

赤毛の犬がナナキの事を指しているのだとすぐに判ったエアリスはぷっと吹き出した。

「ナナキは犬じゃないよ。」

「・・・・・・・そんな事言ってるんじゃない。」

「大事な弟と大事な友達。どっちも大切だもん。」

軽口めいた調子にセフィロスの眉が軽く吊り上った。

「あんな奴らとオレを一緒にしないで欲しいな。」

エアリスの顎に人差し指をあてがって上を向かせると、瞳の中に月が写った。穏やかに広がっていた瞳孔がその突然の光源にきゅっと小さく丸く窄まった。



「姉さんの目は、闇の中でもまるで人間の瞳のようだ。」

「私も・・・・・・・・あなたも、人間でしょ?」

セフィロスの冷笑が一層深くなる。

「だから人間の側にいるんだ。オレと・・・・・・・・一緒にいるよりも。」

「あなたにだって選択肢はあったでしょ?今からだっていくらでも・・・・・・・・・」

「オレはもう壊れちゃったからだめ。」

二卵性の姉弟だった自分達が実験に利用された事、自分達だけが古代種の末裔なのだと知った時には、それでも二人で生きていこうと思えた。けれど、自分だけが更にジェノバ細胞を移植された異形だと知った時に、この弟の心は砕けてしまった。



「オレが壊れる時に、側にいてくれなかったくせに。」

「・・・・・・私一人残して、壊れちゃったくせに。」



姉弟は一瞬共に微笑み合った。



「キス、してもいい?」

「ダメ。」

エアリスの両手がそっとセフィロスの胸を押した。

「昔は、そんな事言わなかったのに。」

「昔って・・・・・・・私達が子供の頃でしょ?私はもう、あなたの気持ちには応えられない。」

「思い出してよ。オレ達にはお互いしかいなかったって事。それは、昔も今も変わらない。」



エアリスがゆっくりと首を振った。



「・・・・・・また来る。何度でも、姉さんを迎えに。」





















「いた!あれ、エアリスだよね!さすがだよ!やっぱ嗅覚じゃアンタに適わない。」

遠くにぼんやりとエアリスらしい服の色が見えた。そこだけ月に照らされたように浮かび上がっている。

「早く!」

ユフィとナナキは勢い付いて転がるように走った。

けれど焦る気持ちとは裏腹にまるで闇の結界が張ってあるように、そこから足を進める事ができなかった。一歩進むごとに足は重く、意志に反して体がすぐにでも向きを変えて元の場所へと戻ろうとする。

必死で進んだ先に、ぽっかりと空間が開いていて、そこにエアリスがいた。茂みから顔だけを突き出すようにしてユフィとナナキは目を凝らす。





そしてエアリスは何もない、ただ真っ暗な闇に向かって何かを語りかけていた。





「な・・・・・・・何?アレ?ナナキ、あそこに何か見える?」

ユフィはその場にへなへなと倒れ込んだ。

ナナキもその側に腹ばいになった。呼吸が荒かった。

「見え・・・・・・・・ないけど、でも、何かいる・・・・・・・・よね・・・・・・・・・・。」

暫く迷った後、首を振りながらユフィがのろのろと口を開いた。

「あたしさ・・・・・・・時々、エアリスがちょっと怖くなるんだ。」

首を傾げたナナキの横にぺたりと体をくっつけたままユフィが続けた。

「時々・・・・・・・エアリスはあたし達が知らない事全部知ってて、それでもそれを絶対あたし達には話さないんじゃないか、って思う事がある。それに・・・・・・・・こんなふうに出かけた後のエアリスってなんかさ・・・・・・・・・・・何だろう・・・・・・・まるで、魂の半分をどこかに持ってかれちゃったみたいな・・・・・・・・・・それで、残った半分も、なんかいつでもあたし達を置いてどこか行っちゃいそうな・・・・・・・・・・」



ナナキが急に立ち上がってユフィが倒れかける。

「ちょっと!急に立たないでよ!危ないじゃな・・・・・・・・!」

ナナキに文句を言おうとして、その赤毛の犬の視線の先を見たユフィが唇を閉じた。

「・・・・・・・・・お帰り、エアリス。」

そう言って喉を鳴らしたナナキの胸を撫でた後、エアリスがユフィの方を向いた。

「なんだ、ユフィも起きちゃったのか。迎えに来てくれたの?ごめんね。」

「あ・・・・・・・・・・ううん!ちょっとお腹、すいちゃってさ。」

照れ笑いを浮かべるユフィにエアリスもうふふふ、と笑った。



何だか今日はエアリスの目の色がいつもより薄く見えるのはどうしてだろう。

まるで心がここにないような気がするのはどうしてだろう。



ユフィは何て言ってたんだっけ、そう思いながらナナキはじっとエアリスの瞳に見入った。



「あたし達をおいてどこかへ行っちゃいそうな」



エアリスの魂の半分を誰かが持って行っちゃったみたいな・・・・・・・・・・



エアリスの瞳の真ん中が、いつもより何だか細いような気がするのはきっと気のせいなんだろう、とナナキは思った。





舞踏会の手帖




舞踏会の手帖 






「今朝目が覚めたら、コートのポケットの中にこんな物が入っていたんだ。」

セフィロスは、右手に掴んで取り出した物をザックスの目の前にぶら下げた。
細いチェーンが取り付けられた小さな薄い革表紙のノートだった。
5センチ四方にも満たないその小ぶりな手帖は、セフィロスの親指と人差し指にチェーンをつままれたままザックスの前で揺れていた。

「・・・・・・今朝?今朝見つけたのか。」

ああそうだ、と言うセフィロスにザックスが何やら思案げな表情をした。

「ひょっとして、ずっと前から入ってたとか、そんな事ない?大事にしまってたとかさ。ほんとは今朝からじゃなくってずっと前から。・・・・・・・大体、アンタさあ、昨日までどこにいた?」

最後はこの男らしからぬ、何やら言葉を選ぶような慎重な様子でザックスはゆっくりと尋ねる。

「ああ、単独の極秘任務だったからな。お前たちには何も知らせていなかった。ずっと・・・・・・アイシクルから大氷河までを回って・・・・・・いた。」

いた筈だった、とセフィロスは思う。
自分で口にしながらもどこか心許ないようにセフィロスの口調はあやふやだった。




そうか、今度はそうなのか。・・・・・・神羅もいい加減ワンパターンだよな。





ザックスは、セフィロスには意味の判らない独り言を口にすると、頭の後ろで腕を組んで、ごろんとその場に転がった。

「アンタさ、半年もここに帰って来てなかったんだぜ。久し振りにオレに会えて嬉しいだろ?」

ここは『ああそうだな。』とでも答えるべきなのだろう。そう思いながらもセフィロスは、どこか引っ掛かるようなザックスの物言いに返事をしかねていた。

「ホラ、名前。ここに書いてあるじゃん。エアリス・ゲインズブール。アンタが『極秘任務』とやらに付いてる間、毎日ここに通って来てたよ。今日ももうすぐ来るんじゃねえの?午前中の教練終わって10分。アンタがいつもの鳥のエサ食べ終わる頃を見計らったようにきっかりおんなじ時間に来るからさ。そうしたら渡してやればいい。」

ザックスが人差し指で手帖を弾いた。
セフィロスの指の先でくるくると回るその手帖の裏には、確かに名前が一つ彫ってあった。
けれど、エアリス・ゲインズブールという名にセフィロスは全く心当たりがなかった。

「中、見た?」

ザックスが覗き込むようにセフィロスの顔を見た。

「見ていない。」

憮然としたようにセフィロスが答える。

「・・・・・・見ればいいじゃん。」

言うが早いかザックスの手がセフィロスの指から手帖を取り上げようとした。けれど、セフィロスは反射的にそれを手の平の中に包むと、しっかりと握り締めて離そうとはしなかった。

「・・・・・・・他人の物を見るのは失礼だろう。」

途端に弾けたようにザックスが笑った。

「相変わらずだな、セフィロス。だけどオレ、アンタのそういうとこ好きだぜ?」

話の流れに着いて行けず、セフィロスは握り締めた手帖に視線を落とした。指先は、まるでそこから離れたくないとでも言うかのようにしっかりと閉じられていた。

「知っている相手の物だったら・・・・・・お前から返しておいてやってくれないか。」

そう口にする事が何故か躊躇われた。
まるで思い通りに体が動かないように、指先が嫌々開かれた。

「やだね。」

ザックスの答えは素っ気無かった。

「アンタが直接返しなよ。アンタのポケットに入ってたんだろ?」

つっけんどんにそう言うと、ザックスは立ち上がって歩き始めた。
その背中に向かって、この男には何かもっと気の効いた事が言えたはずだったのに、とセフィロスは口を開きかけて、そして何も思い浮かばないままに再び口を閉ざした。

「そういう時はね、英雄さん。」

ザックスが振り返って言った。

「『女の子相手の使いを断るとはお前にしては珍しい。』って。そう言うんだよ。」

鼻を鳴らすように、どこか嫌味の篭もったような口調だったにも拘わらず、ザックスは酷く悲しそうに見える、とセフィロスは思った。












残念ながらエアリスが教練所に顔を出した時に、セフィロスはもうそこにはいなかった。
緊急の伝令が来て神羅ビルへと戻っていたのだった。


・・・・・・昨日大氷河から戻って来たばかりだというのに、また遠征か。

セフィロスは軽くため息をつきながらザックスを探して歩いていた。

「相変わらず人遣いの荒い会社だ。」

そう口にしてから、どこがどう相変わらずだったのだろうかとふと思ったが、ザックスを探しているうちにそれも忘れてしまった。

その時、ザックスの声が聞こえたような気がした。
通りかかったドアの先は資料室だった。
もしここにザックスがいるのなら、早く連絡を済ませてニブルヘイムへ行く要員を選出して貰わなければならない。

何しろオレは人の顔と名前を覚えるのが苦手だからな・・・・・・

くすりと笑いながらドアノブを握って回す。
久し振りに神羅に帰って来たはずなのに、懐かしい顔ぶれが殆どない事をセフィロスは疑問にも思っていなかった。
軽く音を立てて開いたドアから中に入り、耳を澄ます。

「ザ・・・・・・・」

声がしたと思われる方向に一歩足を踏み出すと、そこに確かにザックスはいた。
けれど、その背中に隠れるように立つ姿を見た瞬間にセフィロスの足は止まった。

長い髪をリボンで結んで、そのリボンの先が小刻みに震えていた。
ひょっとしたら泣いているのかもしれないと思うと、我知らず近寄って行きそうになる。
けれど、セフィロスが進むより前に、ザックスの腕が持ち上がって、その華奢な体をそっと抱き締めていた。

胸元から黒い塊がせり上がるような痛みを感じて、セフィロスの足元が揺らいだ。ザックスが、その見知らぬ誰かに触れている事がたまらなく不愉快だった。

「・・・・・・お取り込み中申し訳ないが。」

自分でも信じられない程、冷たく固い声が出た。
はっとしたように体を離して、ザックスがこちらを向いた。

「セフィロス・・・・・・」

セフィロスは意識してエアリスから視線を外していた。

「ニブルヘイムへ魔晄炉の調査に行く。出発は来週だ。メンバーを選んでおいて欲しい。」

それだけを言うと、セフィロスは踵を返した。

「待って!セフィロス!」

自分の名を呼ぶ声に、セフィロスは心臓が掴まれたようなショックを感じた。

「きみ・・・・・・・・は?」

自分を見詰める娘の目元はまだ乾いてはいなかった。

「あなたが私の手帖を持ってる、って。ザックスが。」

必死な声だった。

「それでは・・・・・・君が・・・・・・。」

「エアリスだよ、セフィロス。」

代わりにザックスが答えた。

何故この娘がこんなにも大事にしている様子の手帖が自分のコートのポケットの中に入っていたのか、とセフィロスはいぶかしんだ。

「手帖を・・・・・・返して。」

ポケットの中へと手を伸ばしかけたセフィロスの動きが止まった。

「部屋に・・・・・・置いてきてしまった。次に会った時に返す。」

手帖はポケットの中に入っている。けれどこのままこの娘との縁が切れてしまう事が何故か嫌だった。

「・・・・・・・早く返してやれよ。彼女の大事な『舞踏会の手帖』なんだ。」

知ったように話すザックスが癇に障った。

「・・・・・・何だ、それは。」

「知らない?この辺りの風習。初めて出席したパーティーで一緒に踊った男の名前と住所を書いて貰うんだ。・・・・・・・って言ってもそれは建て前でね、実際はその相手に愛を誓った男の名前が書いてある。・・・・・・・・・いくつもね。」

いくつも、と言いながらザックスはエアリスに向かってウィンクをした。

「・・・・・・・下らん。」

吐き捨てるように言うと、セフィロスは資料室を後にした。




自室に戻って、ベッドの上にどさりと仰向けに寝転んだ。
暫く天井を睨みつけていたセフィロスは、やがて右手をポケットの中に突っ込むと小さな手帖を取り出した。

『彼女に愛を誓った男の名前が書いてある。いくつもね。』

ソルジャー相手であれば誰でもいいような娘には見えなかった。
沢山の男の名前が書いてある手帖を自慢げに持ち歩くような娘にも見えなかった。
けれど、外見だけではその人となりは判らない。

躊躇った後、セフィロスはその手帖を開いてみようとした。


開かなかった。


施錠してあるわけでもない、ただ、細いベルト通しにお飾りのような革のベルトが差し込まれているだけの簡単な手帖が、どうやっても開かない。

「くそ。」

低い声で悪態を吐くと、セフィロスは壁に向かってその手帖を投げつけようとした。





何かが頭の中でフラッシュバックして、セフィロスは頭を抱えた。
頭が割れるように痛かった。
思わず漏らしそうになる苦痛の呻きをこらえていると、手帖を握り締めていた片手だけがほんのりと暖かくなった。

「エアリス・・・・・・・・・・・・」

薄れ行く意識の中で、セフィロスはエアリスの名を口にした。





                        
































目の前でピンク色がちらちらする。



激しい頭痛の所為で半ば意識を失いかけたその日以来、セフィロスは視界の隅を常に横切るピンク色の影に閉口していた。

「・・・・・・あの娘は一体何なんだ。大体、神羅のこんな中枢に自由気ままに出入りが出来るとはどういう事だ。不愉快だからオレの視界に入れるな。」

・・・・・・・と文句を言える相手はやはりザックスしかいなかった。

「別に、気にしなくたっていいでしょ。どうせ今週末には俺たちまた僻地へ飛ばされるんだしさ。だったら・・・・・・その間だけでもカワイイ女の子が側にいてくれれば、目の保養になるじゃん。」

何となく投げやりな言い方だった。

「・・・・・・ザックス・・・・・?」

あの娘が不愉快だと言った事がそんなに気に障るのか、とセフィロスは逡巡た。と言ってももちろん二人は互いに長剣を交えての訓練の最中だったから、構えに隙が生まれる事はない。

「アンタさあ・・・・・・・」

ザックスが一歩踏み込んで振り下ろした剣がセフィロスの右肩の上に風圧を起こした。
下から掬い上げるようにその大振りな刃を持ち上げてなぎ払う。

「何だ。」

リーチが長い分相手に踏み込まれると動き辛いと思いながらも、自分相手に踏み込んで来るザックスに悪い印象も持ち得ず、セフィロスは片頬で微笑んだ。

「時々・・・・・・・・『極秘の任務』でいなくなるの知ってる?ここだけじゃなくって・・・・・・・・ひょっとするとこの世界のどこにもいなくなる事がある、って。」

セフィロスは黙ったまま正宗を青眼に構えた。

「俺があの子に・・・・・・・・エアリスに初めて会ったのはさ、俺がソルジャーになってから最初にアンタが長い間いなくなった時だよ。3年前・・・・・だったかな。アンタがいなくなってから、あの子は毎日ここに通って来てた。」

「・・・・・・だから?」

「アンタがいなくなるとあの子が来るんだ。そしてさ、あの子の前に再び現れたアンタは・・・・・・・・いつも・・・・・・・・」








あの子の事を覚えてもいねえんだよな!!










そう叫びながらセフィロスの胸元に飛び込もうとしたザックスの目の前にセフィロスがいきなり現れ、刀のツカ間際で続けざまに叩きつけた。両腕が痺れて、ザックスは呆然としたようにそのバスタードソードを取り落とした。

「極秘だと言うのなら極秘なのだろう。ソルジャーに成り立ての立場を少しはわきまえろ。」

知らず知らずのうちに声が硬くなって行くのは、痺れた右手を押さえて膝をつくザックスの元に、あのピンク色の影が走り寄って来たからだろうか。

「ザックス・・・・・・・立てる?」

その場に座り込んで心配そうにザックスの顔を覗き込むエアリスを見ると、セフィロスの胸の中に、再び飲み下せない重い塊が生まれてせり上がった。

「酷い!ザックスがソルジャーに成り立てだって知ってるくせに!あんなに真剣に打ち込むことないでしょ!?」

きっと自分を睨む表情にも、ザックスがソルジャーに成り立てだという事実にも、妙な既視感があるのに、それを自分はどこで知ったのか、セフィロスには思い出せなかった。

「エアリス・・・・・・・・もういーから。」

「だって!」

ザックスは足を広げてその場にどっかりと座り込んだ。

「そんなに同情されちゃ俺が惨めっしょ?・・・・・・いいよ。俺の事、ちょっとは思い出してくれたんなら。それで、いいからさ。」

へへっ、と笑いながらザックスは続けた。

「だけどさ、ちょっと今日は剣持てないみたいなんだ。だから、今晩は君を家まで送って行けない。ねえ。」

何だかここに立ち尽くしている自分はまるでバカのようだ、と感じていたセフィロスに、ザックスはいきなり声をかけた。

「だからさ、アンタが送っていってやってよ。エアリスの家まで。」

「・・・・・・・家?」

そう言えばこの娘はどこに住んでいるのだろうか、とセフィロスは思った。

「そう。スラムに住んでるからさ。ボディガードが要るんだよ。俺の代わりに、頼まれてやってくんない?英雄さん。」

軽妙なようでいて、ザックスの口調はどこか切実だった。

「・・・・・・シャワーを浴びて来る。」


そう言って二人に背を向けたセフィロスは、それが「自分が彼女を送って行く」という意思表示である事が、果たしてエアリスに伝わったのだろうか、と思った。









待っていなければ自分の言葉が伝わらなかっただけの事だ、と自分に言い聞かせながら教練場に戻ったセフィロスは、そこにエアリスの小さな影を見つけて正直心が躍った。
そして、もしそこに誰もいなかったら自分はどんなにかがっかりしただろうか、と戸惑いながら思った。

「行くぞ。」

素っ気無く言って歩き始める。
ゲートへ向かって歩きながら、ふと思いついて後ろを振り向くと、遅れかけた娘が小走りになった所だった。
自分と数メートル離れた場所から走り寄る姿に再び言いようのない既視感を感じ、セフィロスは、また頭の同じ場所が痛み始める感覚に奥歯を噛んだ。

「頭、痛いの?」

どうして判るのだろうか、と思いながらセフィロスは首を振った。

「無理しなくていいよ。判るから。」

エアリス、という名の娘の声はうっとりするほどささやかで、それでいて甘くて、セフィロスの歩調は自然と緩んで行った。

「今日は・・・・・・・手帖、持ってる?」

シャワーを浴びた後、肌身離さず持ち歩いていた革表紙の手帖を敢えて自室に置いて来た、とは言えなかった。

「・・・・・・済まない。教練の邪魔になるからと思って・・・・・・・机の中に入れたままにしてある。」

そっか、とエアリスは言った。

「中、見た?」

ザックスと同じ事を聞く、とセフィロスは思った。
黙ったままでいると、エアリスが重ねて問い掛ける。

「・・・・・・開かなかったでしょ。」

驚いたようにセフィロスがエアリスを見た。
それではやはりあの手帖には何かの魔法がかけられているのだろうか。それならどうしてそんな物が自分のコートのポケットの中に入っていたのだろうか、そんな疑問が次々と湧き上がった。

「鍵を持っているのはあなた、だよ。」

エアリスの歩が止まった。


「セフィロス。私を思い出して。」


セフィロスの頭痛が耐え難いレベルにまで達していた。
それだけ言うと、エアリスは再び歩き出す。ひょっとすると自分はこの娘の前で不恰好に倒れてしまうかもしれない。それまでに何とか彼女の家まで辿り着きたい、と思いながら歩き続けるうちに、ふいに救いの手が差し伸べられた。

「ここでもう大丈夫。頭痛いのにごめんね。辛かったでしょ?」

引き受けた責任から逃れてゆっくり休めるというのに、セフィロスはこの頭痛を抱えたままでいてももう少しこの娘と一緒にいたい、と思った。





例えばもし自分がここで倒れたら、この娘は昼間ザックスにしてやったようにオレの側に駆け寄って、優しく声をかけてくれるのだろうか。




そんな軟弱な事を考える自分が信じられずに、セフィロスは頭を振るとなるべく事務的に聞こえるように声を作った。

「大丈夫だ。・・・・・・こんな所まで帰らなければならないのなら、もう神羅本社になど来るな。」

「まあね。でもあっちも私に用があるのよ。」

エアリスは肩を竦めて笑った。

「ありがと。」

そう言うとエアリスはセフィロスに近寄った。

「ボディガードのお礼しなくちゃね。」

エアリスが言った。
そんな物はいらない、と言おうとしたセフィロスの肩をエアリスが軽く押さえた。

「ここ、座って?」

その軽い手の平の重みにまるで抗えず、セフィロスは道端に置かれた木箱の上に転びかけるようにして座った。

「目を瞑って。」

また、抵抗出来なかった。
この娘の前で自分がバカのように感じるのは何度目だろうか、とセフィロスはぼんやり感じた。


唇の上に、何か暖かくてふっくらとした物が重ねられた。





「・・・・・・・・・キス一回。」





一歩下がって両腕を後ろに組むと、エアリスが中空の一点を凝視したまま凍りついたように動かないセフィロスを見て笑った。それから右手をセフィロスの強張った顔の前に差し出し、ひらひらと振ってみる。

「もしもーし!おーい!起きてますかー?」

身動きの出来ないセフィロスの耳に、エアリスの声が届いた。

「初めてキスしたわけじゃないでしょ?何固まってるの!」





笑い声とともにピンク色の塊がセフィロスの視界から消えた。






初めてキスしたわけじゃないでしょ?



当然。
初めての筈がない。

でも、それならいつ、誰と。

それどころか・・・・・・・・









あの柔らかな唇にも、そして、その奥にある暖かく柔らかな舌にも、確かに自分は記憶がある、とセフィロスは慄然と思った。




































腕が痺れて剣が持てそうもないと言ったのは嘘ではなかった。
けれど本当は、どちらにしろ同じ方向へ夜遊びに出かけるのだから、エアリスを送って行っても何の問題もなかった。
ザコ相手に剣振り回さなくても。腕が痺れてたらケリ入れればいいだけなんだし・・・・・・・

ミッドガルで一仕事を終え、明日は田舎へ帰るという子供時代からの友人を、最後の日は街へ連れて行ってやると前々から誘っていたのはザックスだった。ゴンガガから出て来て、生まれて初めてミッドガルの歓楽街に足を踏み入れた幼友達の興奮した面持ちを見ると、『オレの友達』と言ってエアリスを引き合わせられなかった事が酷く悔やまれた。
「とか何とか言ってホントは彼女なんだろー!」と、この素朴な友人が突っ込んでくれていたら、それだけで俺は今夜一晩幸せな気持ちでいられただろうに・・・・と思うと何だか胸の奥がちくりと疼いた。

「・・・・・・さてっと。どこ行きたい?まず酒?それとも綺麗なおねえちゃんがいる所がいい?」

まるで自分を励ますように、おもむろに明るい声で取り繕って傍らの友人に声をかける。

「いや・・・・俺、もうどこでもいい。一生お前についてくからさ、どこか天国みたいな所、連れてってよ。」

ネオンで片頬がピンク色に染まった懐かしくも純朴な友は、ソルジャーになった自分に連絡をしていいものかどうか散々迷ったのだと言っていた。

「だってさ。もう、俺らみたいな田舎者とは住む世界が違うじゃん。」



確かに違う、とザックスは思った。
日が昇ると起き出し、仕事に汗をかいて、繰り返される変わりない日々の中で少しずつ年を取り、思い出を積み上げていく彼らと、今自分が案じているセフィロスは全く異なる。そして繰り返されるセフィロスの不在と登場に、いつの間にか自分すらも慣れっこになっている事にザックスは寒気を覚えた。


「あっ!あそこ!俺、あそこに入りたい!」

友人が声を上擦らせて指差した場所は、一見酒場風でそれでいて二階に上がれば直ぐに店の女と戯れの時間が過ごせるような怪しげな店だった。

「お前・・・・・・随分お下品なんだな。」

ぷっと吹き出してザックスの腕が友人の肩に回った。
確かにゴンガガにはこんな店はない。一度入ってみるのもいい思い出になるかもしれない。
何だか、ミッドガルに出てきたばかりの頃の自分が思い出されるようで、ザックスの表情に漸く本物の微笑が戻った。







店に入って、最初のうちは楽しかった。
見たこともない酒を次から次へと試し、その度に感嘆の声を上げる友人の様子を微笑ましいと思ってくれたらしく、気のよさそうな女性がザックスたちのテーブルに着いた。多少年が行っていそうなその女性は、田舎出の男の緊張をほぐすように、次から次へと面白い話を聞かせてくれるので、場は大いに盛り上がり、絶え間ない笑い声に徐々に他の女性たちも集まってくる。

「ほら、あれがチーサラピーっていうのよ。騙されないようによく覚えておきなさい。」

そう言って、目の前を運ばれて行く大皿三枚を見遣ってウィンクをする。

「チーサラピー?」

ザックスは笑いをかみ殺すのに必死だ。

「隣に座った女の子にね、『チーサラピー頼んでもいい?』って聞かれても『うん』って言っちゃダメよ。一皿だと思って安請け合いすると、チーズとサラミとピーナッツの大皿が三枚も運ばれて来るんだからね。」

「うへえ。おっかねえなあ!」

そう言ってひとしきり笑い合った後、彼らの視線は自然とその大皿が運ばれて行く先へと流れて行った。

その途中で、ザックスの動きが止まった。

「・・・・・・ザックス?おい、どうした。」

急に血相を変えて拳を握り締めたザックスの雰囲気の変わりように気付いて友人が声をかけた。
けれど返事がないので、不審に思うままザックスの視線の先を追う。

「うわ。濃厚。」

部屋の隅の暗がりで背の高い男が、一見して商売女だと判る相手とキスをしていた。
ザックスの友人は、両手で顔を覆いながらも指の隙間からその二人を凝視した。

「・・・・・・・って、おい!ザックス!」

「何やってんだよ!ちくしょう!」

いきなりザックスが立ち上がったかと思うと、その二人の間に割って入って、幼友達が呆然と見詰める中で伸び上がるようにして男のコートの襟元を掴んだ。




「何してんだよこんなとこで!その女誰だよ!エアリスはどうしたんだよ!!!」

セフィロスの胸倉を掴んで矢継ぎ早に問い掛ける。
身長が足りなくて思う存分相手を揺さぶれない事がたまらなく悔しかった。

「ああ。ザックスか。・・・・・・心配いらない。あの娘はちゃんと家まで送ったから。」

眉一つ動かさずに答えられてザックスの怒りが沸点に達した。

「バカ野郎!」

渾身の力を込めて殴ろうとした相手は、ひょいと肩を竦めただけでザックスの拳をかわした。そして、不思議そうに自分の唇を指で辿る。

「違った。やはりオレが覚えていた唇は・・・・・・・・」

そこまで言ってからふいに気付いたようにセフィロスはザックスの顔を見て憮然と呟いた。

「・・・・・・・・お前には関係ない。」

「『関係ない』って事ねえだろ!『違った』って何だよ!アンタ、エアリスとあんな女比べて何してんだよ!」

ザックスの剣幕にセフィロスの表情が益々不機嫌になって行った。

「一度聞きたいと思っていたんだ。」

ザックスを見下ろすようにして問い掛ける。

「お前は・・・・・・あの娘の、何だ。」

今度は、セフィロスの手がザックスの胸倉に伸びた。

「オレは・・・・・・・どうして彼女を知っているんだ。」

「知らねえよちくしょう!」

ザックスの右足が思い切りセフィロスの向こう脛を蹴った。
予想しなかった動きに、一瞬セフィロスの眉間が寄る。

「俺はね!あの子の手帖を見せて貰っただけだよ!いつも手帖見て泣いてるから慰めただけだよ!俺になんか、エアリスは何にも教えてくれやしねえんだよ!」

「・・・・・・・・・見たのか。」

セフィロスの手が緩んだ。

「見たよ。だったら何だよ。」

ザックスがセフィロスを睨みつける。
睨み返されてザックスの視線が揺れた。

「・・・・・・・アンタの名前ばっかだよ。もう10年くらい前からずっとアンタの名前ばっかだよ。アンタ、どうして何度も何度もあの子の事忘れちゃうんだよ。・・・・・・・忘れるたんびにまた思い出して名前書いて・・・・・・・何度繰り返して、何度エアリス泣かせたら気が済むんだよ!」

「オレの・・・・・・・名前・・・・・・・・?」

セフィロスが呆然と言った。

「・・・・・・・どうせ覚えてねえんだろ。」

「何度・・・・・・も・・・・・・・?」

ああちくしょう、じれったい、とザックスは苛々と声を上げた。

「そうだよ。判ったら気取ってないで見てみろよ!」

これは焼きもちなんだろうな・・・・・・・とザックスは思った。
自分がセフィロス相手に蹴りを入れて、怒鳴って、泣きたいような気持ちになる日が来るなど、ゴンガガにいた頃は考えもしなかった。


何でこんな人に関わっちゃったかなあ・・・・・・・・・


泣いていいのか笑っていいのかよく判らなかった。

「・・・・・・・・開かないんだ。」

暫く躊躇った後セフィロスが言った。

「開かない?」

「オレには・・・・・・・開けられないんだ。」





それは、ザックスが初めて見たセフィロスの隙だった。



・・・・・・・目が覚めたら、俺、この人に殺されるかも。



僅かな隙を衝いたザックスの命がけの頭突きが炸裂し、セフィロスはその場に昏倒した。













目が覚めたら見知らぬ天井の模様が見えたので、ああオレはまた失敗してしまって処分されるのだと思った。
けれど、横を向いたらエアリスが立っていたのでやっぱり夢だったのか、よかったと思って微笑んだ。

笑ったオレの顔をエアリスが驚いたように見たので何だかおかしくなって安心して、オレはまた眠ってしまった。









「エアリス。」

どうしてエアリスは自分の隣で眠っていないのだろう、とセフィロスは不思議に思った。エアリスは、セフィロスが眠る安普請の寝台の足元に蹲るようにして眠っていた。両腕が枕元に小さな円を作って、その中にある小さな頭が微かに上下している。
ごく自然に腕が上がって、その髪を撫でた。

「・・・・・・・・セフィロス・・・・・・・?」

エアリスの顔が持ち上がって、ぽかんとしたようにセフィロスを見詰める。

「思い出したの?セフィロス!」

エアリスの声をどこか遠くで聞きながらセフィロスは続けた。

「・・・・・・酷い夢を見ていた。」

手首を掴んでそっと引くと、抵抗もなくエアリスの顔が近付いた。

「オレは・・・・・・・また作り直されて、君の事を忘れてしまっているんだ。君がすぐ側にいるのに思い出せずにいて。そうだ・・・・・・それで、ザックスに頭突きを喰らった。あいつ・・・・・・オレに頭突きを喰らわせやがって・・・・・・。」

最後は楽しそうにクックッと笑うセフィロスにエアリスが言った。

「夢じゃないよ、セフィロス。あなた、昨日まで私の事、忘れてた。」

間があった。

「あなたが『オレの頭突き喰らって伸びてる』からって。だから来てやってくれってザックスから連絡があったんだよ。」



セフィロスの動きが止まって、手の平がエアリスの髪の上から滑り落ちた。

「そうか・・・・・・・。オレはまた、君を一人で待たせていたのか。」

横たわったままで天井を見詰め、大きく息を吐く。

「前のオレは・・・・・・・・どこで失敗した?」

「あなたのせいじゃない。私が・・・・・・・・我儘言ったの。私を連れて逃げて欲しい、って。あなたは、まだ早いって言ったのに。・・・・・・・・結局、あなたは捕えられて、私は監禁されて・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・オレは処分されてまた新しいクローン胚から作り出された。」

割り切ったように言葉を継ぐセフィロスに、エアリスが瞼を伏せた。

「済まなかった。オレの・・・・・・・・力不足だ。」

ううん!そうじゃない!と、エアリスが身を乗り出して言う。

「今度こそ、あなたは私の事なんか思い出さない、って宝条博士は言ってた。いくら会いに行ったって無駄だ、って。今度使った胚はごく初期に分裂させた物だからって。私との思い出の記憶なんて・・・・・・・新しい細胞のどこにも残ってないって。だけど・・・・・・・だけど私の事、思い出してくれたでしょ?」

あなたはいつも物凄く努力してくれているのに・・・・・・・・
私と一緒にいる時も、私を忘れている間も・・・・・・・
いつも私の事考えてくれているのに
私が我儘言うの、いつも。

そう言ってエアリスは両手で顔を覆った。

「ごめんね。ほんとは・・・・・・・・いつも思うの。今度こそあなたに関わらないでいよう、って。あなたに、あなたの人生を全うさせてあげよう、って。だけど・・・・・・あなたが帰って来たって知ると、もう会いたくて会いたくて我慢が出来ないの。」

セフィロスの腕が伸びてエアリスの肩を抱いた。

「君に知らない振りをされるような人生に戻って来たところで、何の意味もないだろう。」


エアリスの気持ちは痛い程よく判った。
何度も繰り返した永遠の眠りにつく前に、今度目覚めて彼女の事を思い出す時には、もうエアリスは誰かと巡り合って新しい幸せを手にしているのではないか、という恐れを拭い去ることが出来なかった。
そしてその方が彼女にとって幸せなのだと、無理やり自分を納得させようと思っても本能がそれを拒んだ。

「ザックスの事、覚えてる?」

ふと思い出したようにエアリスが言った。

「いや。・・・・・・・生まれ変わってから知り合った彼の事しか記憶にない。」

けれど彼はどこか懐かしかった。
ひょっとしたら生まれて初めての友人になれるのかもしれない、と思っていた。

「・・・・・・・それを聞いたら、ザックスきっと残念がるだろうね。前のあなたも、その前のあなたもザックスとだけは仲良かったんだよ。だから・・・・・・・ザックスだけはいつも気が付いてくれた。あなたが・・・・・・・・時々新しいあなたになる事に。」

「オレが覚えている事はいつも一つだけだ。・・・・・・・・エアリス、君と、そしてオレが君を愛している事だけだ。」

何度体を作り変えられても、それだけは決して忘れまいといつも念じていた。
最初の体が処分される時から、願う事はいつもそれだけだった。

「私の事なんか知らない、なんじゃなかったの?」

エアリスがセフィロスの額にキスを落とした。

「戻って来たオレに、君はいつも少し意地悪だ。」

額に熱い熱を感じてセフィロスが目を閉じる。

「だって・・・・・・・・・。戻ってくるまでに一年半、かかったんだよ。やっと帰って来たと思ったら・・・・・・・・・やっぱり、私の事思い出しもしないで。だけど、今度は早かったね。」

そう言ってエアリスはくすりと笑った。

「ザックスの頭突きの方が私のキスより衝撃的、だった?」

「いや・・・・・・・・君のキスの方がずっといい。」

伸ばしていた腕に力を込めてエアリスを引き寄せる。
柔らかな唇にそっと触れると、体中に熱い血が駆け巡るようだった。
自分の上に重ねられた軽い体に両腕を回してくるりとその体を反転させる。

「ちょ・・・・・ちょっとセフィロス!」

慌てたように両腕を突っ張らせるエアリスの抗議を無視してセフィロスはキスを続けようとした。

「あの・・・・・・あのね!ザックスが言ってたんだけどね!」

「ザックス・・・・・・・・」

エアリスの口から何度も同じ名前が紡ぎ出され、同時に資料室で見た情景が思い出されてセフィロスの表情が微かに歪んだ。

「うん、あのね・・・!」

「君は。」

エアリスの言葉を遮るようにして言葉を繋ぐ。

「ザックスと・・・・・・随分、仲がいいようだな。」

一瞬何を言われたのか判らずにぽかんとしたエアリスは、あらぬ方を向いて何やら不機嫌そうなセフィロスを見て弾けるように笑った。

「バカ!バカじゃないの!?セフィロスのバカバカバーカ!」

腕の下で転がりそうな勢いで笑っているエアリスを見て、その笑い声を聞いて、何て懐かしくて暖かい声なんだろうと思うと、何だか涙が溢れそうだった。

「私はいつもあなたと一緒に、いたよ?」

エアリスの右手が、胸元で揺れる細いチェーンに伸びた。
セフィロスはそのトップに飾られた小さなロケットを手にとってそっと留め金を外す。
そこには、頬を寄せ合って微笑み合う自分達の姿が写っていた。

「これは・・・・・・・いつのオレだ?」

ロケットに収められた写真は、そこに居場所を見出すまでにどれ程の葛藤を経たものか、所々皺が寄り、引っ掻かれたような筋がいく筋も付いていた。

「・・・・・・・一番最初のあなた。私と初めて出会って、私を最初に愛してくれたあなた。」







ザックスが言ってた。

役を演じる俳優が変わっても、俺たち脇役は何も気付かないフリをして、昨日までと何の変わりもない日常を過ごすしかない。

って。
だけどセフィロス、私はそれじゃ嫌なの。




「あなたの部屋から持って来た。」

エアリスが赤い小さな手帖の新しいページを開いてペンと共に差し出す。
彼女を再び思い出した今日の日付と自分の名前、それだけを書き込むとセフィロスは無言で手帖をコートのポケットの中に入れた。無造作なその行為は、二人の間で何度も繰り返されて来た無言の儀式だった。

「中、見なくていいの?」

エアリスが笑った。

「見る必要はない。一言一句覚えている。」




エアリスの小さな手帖に最初に文字を記したのはいつだったろう。
まだ二人とも子供だった。
やがて来る別れを最初から予感していた。

    何度生まれ変わっても
    君を思い出す

見開きにそう書いたのは、最初の自分の処分が決まった時だった。
手帖を開けば最初のページには二人の幼い文字が躍っている事だろう。
自分の宿命から逃れられないと悟った時には、いつもエアリスへの思いを綴ってそれをコートのポケットの中に仕舞い込んだ。
そして新しく生まれ変わる自分が、どうかこの思念を受け継いでくれるようにと、必死で願った。




「お帰りなさいセフィロス。・・・・・・・・思い出してくれてありがとう。」

エアリスの瞳がセフィロスを見詰めた。


今度はいつまで一緒にいられるのだろうか。
それでも限られた時間を私達は精一杯共に過ごそう。






「ずっとあなたを待っていた。セフィロ・・・・・・・・・・」





愛しいその名前は、懐かしい唇に塞がれて、最後まで唱えられる事はなかった。









                         了                 












氷の童話




氷の童話






アイシクルへ行こう、とセフィロスが言った。
纏まった休暇が取れたから一緒に行かないか、と。
少し照れた横顔をもう少し見ていたかったけれど、「どうしよっかな。」などと言えば、この、全てを簡単に諦めてしまう人はあっさりと「無理ならいい。」と笑ってもう二度と同じ事は聞いてくれないだろう。だから
「あったかい格好、して行かなくちゃね。」
そう答えて腕にそっと掴まると、セフィロスが私から顔を背けるように首を捻った。

だから、嬉しい時は少し耳たぶの先が赤くなるんだよ、あなたは。

そう教えてしまったら後の楽しみがなくなるので何も言わずに、私たちはまた黙って歩き続けた。








厳冬のアイシクル。
人里からも、物好きな観光客やスキー客からも遠く離れた小さな山荘で、私たちは過ごした。

三日に一度、アイシクルロッジに住む少年が犬ぞりに乗って食料を届けてくれる事になっていた。
クジラのベーコンとか、アザラシの肉とか、見た事もないそんな食べ物をどうしたらいいのかと、二人で額を突きあわせて悩んで、それからセフィロスが

「これなら判る。」

と言って卵を取り出した。
ずるい。
私だって卵だったらどう食べればいいかくらい判る。 でも、キッチンで右往左往するセフィロスの手つきは驚くほど不器用で、その卵一つ満足に割れないくらいだった。




どの場面を切り取っても、まるで全て型があるように綺麗なのだと聞いた事がある。
セフィロスが剣を取って走り出したら、返り血を浴びる暇もないくらい素早いのに、その姿形はほんのみじんも乱れないのだと。




・・・・・・卵一つ割れないのに。

「卵、壊れちゃうよ?」

私は、ボウルの前で卵を握り締めたまま硬直しているセフィロスの手から、そっと卵を受け取った。

ここに来てから、セフィロスはずっと手袋をしていない。
どこにでもあるような服を着て、裸足で歩いている。
卵を受け取る時に指先が触れ合って、はっとしたようにセフィロスが顔を上げた。

ミッドガルでセフィロスに合う時、セフィロスはいつも手袋をしたままでは決して私に触れようとはしなかった。何気なく髪に触れようとする時ですら律儀に手袋を外すので、一度不思議に思って聞いてみた事がある。
どうして必ず手袋を外すのか、と。

汚い物がいろいろ染み込んでいるからだと、その時彼はそう答えた。

だからそれはセフィロスなりの思いやりであり、そしてまた、手袋を外すというサインは、セフィロスが私に触れたいという、無言の合図にもなっていた。
セフィロスの指は長くて、白い。
陽に焼けたことがないのだから当然なのだろうけれど、こんなに綺麗な物をいつも隠しておくのは勿体ないと私は思う。
そして、普段厚い革に守られているその指先は冷たくて柔らかくて、とても鋭敏に出来ている。そんな指先が触れた事のある世界が、自分と、そして私だけなのも何だか勿体ない、と私はいつも思っていた。
素手で触れた卵は、ジャガイモは、その指先からセフィロスに何を伝えているのだろうか。




結局セフィロスには卵を茹でて貰った。
水を張った鍋に卵を入れて茹でるだけ。他に何もして貰うこともない。
後は火を止めるだけだから、と言って彼をキッチンから追い出し、それからもう一度食料品の入った袋を覗き込んだ。
やっぱり私が何とか出来るのは卵とジャガイモくらいだった。
セフィロスが取り上げてしげしげと眺めていた土付きのジャガイモは、せっかく彼が素手で触れた物なので、皮を剥いてしまうのがちょっと勿体ないような気がしたけれど、他にどうしようもないのでやっぱりそれも切って茹でる。

窓の外は猛吹雪で、キッチンに置いてある椅子に座って卵とジャガイモが茹で上がるのを待っていると、このままこの雪に閉じ込められてどこへも行けなくなってしまいそうな気がする。

「うわ!寒!」

火を止めて手を拭いて居間へ戻ると、セフィロスがソファでうたた寝をしていた。
しかも玄関が開けっ放しで、雪は吹き込み、暖炉の火も消えかかっている。
こんな状態の中で眠れる人の気が知れない。
私は急いでドアを閉めて暖炉に薪を足した。それから、クローゼットの中を覗いて、毛布を見つけると、それをそっとセフィロスの上に掛けた。

セフィロスの髪や睫毛の上に、吹き込んだ雪が微かに残っていた。
指先で長い睫毛に触れると、私の体温でその雪はあっという間に溶けていく。








「大人になったら・・・・・・・・」

「何だ、起きてたの?」

ふいに声がして私はちょっと驚いた。
毛布を掛けられるまま身じろぎもしないでいたのに、セフィロスは起きていたようだった。

「大人になったら、君の気配を読めるようになるだろうと思っていた。」

そうなの?と言って私は笑った。

「未だに、オレは君の気配だけは読めないんだ。」

目を瞑ったままセフィロスが続ける。

「だけど、暖かくなって来たから目が覚めた。雪を見ていたら・・・・・・眠くなってしまったんだ。部屋の中が雪だらけになったら、もっと気持ちよく眠れるような気がしてドアを開けた。・・・・・・そうしたらもっと眠くなってしまった。」

セフィロスが起き上がって、吹き込んだ雪が溶けて出来た水溜りを黙って見詰めた。

「寒くて眠くなるの?まるで遭難者だね。」

「・・・・・・いい夢を見ていたんだ。」

いい夢?と、私は先を促す。

「オレよりももっと冷たい何かがオレを迎えに来てくれて、もう、冷たいままでもいいんだと言ってくれる。そんな夢。」

セフィロスが窓の外を見た。

「失礼しちゃうわね。私の夢でも見たのかと思ったのに。」

そんな事ないよ、あなたは冷たくなんてないよと言えばいいのかどうか、よく判らなかった。
セフィロスの中の、自分ではどうしようもない冷たい部分が時々彼を苦しめている事を、私はよく知っていた。

この人はひょっとしたら、温かい物で少しずつ溶かされるよりも、冷たい物に閉ざされて、もうそのままでいいのだと言って貰えるほうが幸せなのかもしれない、と私は思った。

「セフィロス・・・・・・・ジャガイモ食べる?」

セフィロスが顔を上げて少し笑った。

「・・・・・・温かいんだろうな。」

「あったかいよ。」

うん。あったかいんだよ。
私はもう一度繰り返した。

「さっき触った時から暖かかった。土の、匂いがした。」

そう言いながらセフィロスはまた窓の外を見ていた。
吹雪は止まない。
青い空も、暖かい土もそこにはなかった。

「この少し先から大氷河が始まる。その先には大空洞と呼ばれる永遠に凍りついた土地があるんだ。そんな場所に抱かれて眠り続けられたら、気持ちがいいだろうな。」



そんな場所が憧れの土地なの?
そんな所に一人で行きたいと思わないでよ、セフィロス。


「凍りついた場所?女の子に冷えはよくないんだよ。」

無理やり笑顔を作ったら、もっと傷ついたような笑顔が返って来た。

「大丈夫だ。その時は一人で行くから。」




両手に視線を落としてから、そっとセフィロスの手が私の頬を包んだ。

いつも通りの冷たいキスだった。
ジャガイモやゆで卵じゃ、この人は全然暖まらないんだろう。

「行くよ。一緒に。」

そう言ったら、セフィロスが小さく笑った。
まるで私の言葉を全然信じていないようだった。

「君は、陽だまりの中が相応しい。」




あなたと一緒だったらどんなに凍えた場所でも構わないのに。
どうして自分の心はこんなにもこの人に伝わらず、そしてこの人はそれを拒もうとするのだろうか。




あの、氷に閉ざされて化石になってしまった太古の獣達のように、と私は思った。
いつのまにか氷の中に閉じ込められてその命を全うしてしまったという巨大な生き物のように、私たちも、その大空洞の中で石になってしまえたらいいのに。



あなたと二人で凍り付いてしまえればいいのに。












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